中国新聞

中国地方 データで見るイノシシ事情

駆除数突出 全国の4割

 2000年度 トップ島根 2位広島

人獣接近 実態浮き彫り
「猪変(いへん)」

特 集
(02.12.12)


イノシシ通算捕獲数の全国ランキング
(1960~2000年度)
 
頭数
鹿児島 259933
宮崎 252002
大分 226892
兵庫 198539
山口 183001
三重 177332
熊本 160609
島根 135419
広島 123511
10 和歌山 98837
11 京都 89430
12 高知 84028
13 福岡 82226
14 岡山 80991
15 岐阜 73961
16 静岡 72603
17 愛媛 54979
18 奈良 45470
19 徳島 44645
20 長野 39358
21 滋賀 37838
22 佐賀 36256
23 沖縄 34895
24 福井 26982
24 茨城 26982
 
頭数
26 愛知 26710
27 山梨 23120
28 福島 19864
29 鳥取 19556
30 長崎 17836
31 大阪 14312
32 群馬 11853
33 神奈川 11190
34 栃木 8458
35 埼玉 7820
36 香川 3009
37 千葉 2074
38 東京 1849
39 宮城 1392
40 石川 743
41 青森 91
42 北海道 65
43 富山 48
44 岩手 32
45 新潟 14
46 秋田 4
47 山形 1
 
合計 2816760
捕獲数=駆除+狩猟
環境庁(現環境省)「鳥獣関係統計」などから作成

Photo
イノシシの駆除用として最近、普及が進んでいる箱わな(今年6月、広島県大柿町)

 田畑を守るために駆除するイノシシの頭数が、中国地方は全国で もずば抜けて多い。最新の二〇〇〇年度鳥獣関係統計(環境省)で も、駆除数のトップは島根県で、二~四位も広島、岡山、山口の各 県が占める。十四位の鳥取を合わせた五県で一年間に計一万八千七 百五十四頭、全国の39・3%にあたるイノシシを仕留めている。

 駆除頭数の多さは、裏返せば、農業被害のひどさを示す。それだ け、イノシシが山から下り、人里近くの田畑に近寄ってきている現 れだ。

 「変なんよ。最近、農地や民家の周りでイノシシが捕れる」。広 島県猟友会の宮口富義副会長(68)=広島市南区=の言葉も、獣の接 近ぶりをうかがわせる。

 奥山に分け入る狩猟と違い、駆除は集落や田畑に近い里山が舞台 となる。都道府県別のイノシシ捕獲数を、駆除によるものと狩猟に よるものとに分けてみた。駆除の比率が高いほど、イノシシが居着 いた里山が多い地域、といえる。

 中国地方の駆除率は一九八〇年代以降、増え始めた。九〇年代に は五県が軒並み30%以上を記録し、全国平均の22・5%を上回って いる。中でも山口県は51・6%に達し、日本一高い駆除率となっ た。

 中国地方のイノシシがなぜ、危険な人里に近づきだしたのか。ま だ、はっきりしない。

 すみかの森を人間が開発で奪ったのかといえば、そう簡単に割り 切れない。国内の森林面積は六〇年代から、ほぼ変わらない。50% 強は、里山を含む天然の森だ。統計の上では、森に大きな変化はな い。

 「数字上は同じ天然林でも、アカマツが枯れ、イノシシの好きな ドングリがなる広葉樹に生え替わるように、植生はゆっくりと変化 している。森の面積だけでなく、獣たちのすむ森の中身を見つめる 必要がある」。広島大総合科学部の中越信和教授(群集生態学) は、こう指摘する。

 「人獣接近」の最前線である中国地方は今、イノシシ研究の拠点 になりつつある。近畿中国四国農業研究センター(本部・福山市) が昨年四月、大田市に鳥獣害研究室を新設。島根県も今年十月、イ ノシシの飼育研究スペースを備えた県中山間地域研究センターを赤 来町に開設した。

 現場密着型の両施設とも「獣害に悩む農家に、研究成果を返した い」と地域主義を掲げる。集落や農業の行く末を遠く視野に入れな がら、たちまちは今、ここにいる農家に根づかせやすい獣害対策の 開発と普及を急ぐ。

グラフ「地方別のイノシシ狩猟数」

駆除の全国ランキング
1960年度 頭数 2000年度 頭数
兵庫 1594 島根 4833
山口 481 広島 4649
三重 452 岡山 4358
岐阜 380 山口 3823
京都 370 福岡 3012
鹿児島 271 大分 2854
宮崎 266 佐賀 2788
広島 207 熊本 2208
大阪 162 愛媛 1911
10 和歌山 153 10 鹿児島 1841
12 岡山 135 14 鳥取 1091
31 島根 3  
32 鳥取 0  

グラフ「中国地方の駆除率」

≪駆除とは≫鳥獣保護法に基づいて行われ、正式には有害鳥獣駆 除と呼ばれる。猟期(11月15日~翌年2月15日)の狩猟と区別さ れ、農作物に被害を与える野生動物を、都道府県知事や市町村長の 許可を得て捕獲できる。地方分権が進む中で、現在は駆除の許可権 限が、都道府県から市町村に移っている。生息調査を踏まえ、野生 動物の数をコントロールする特定鳥獣保護管理計画を策定する都道 府県もある。中国地方では、農業被害が深刻なイノシシを減らそう と、鳥取県が昨年度、島根県は本年度から、同計画に沿って猟期を 11月1日~2月末日に延ばした。広島県も計画づくりを進めてい る。



山畑荒れ 里に下る  生態や習性 解明進む

写真
近畿中国四国農業研究センター
仲谷淳・鳥獣害研究室長


 イノシシが日本各地で勢力を広げ、農業被害が問題になってい る。年間の捕獲数は、駆除と狩猟を合わせて十五万頭近くまで増え た。しかし、被害は減っていない。

 野生動物による二〇〇〇年度の農業被害額は全国で百三十三億 円。そのうち、イノシシが39%を占めて最も多い。中国、四国地域 でのイノシシによる被害額も、二十三億円に上る。罠(わな)など での捕獲対策とともに、生態や習性を考えた、科学的な食害対策が 望まれている。

 こうした状況を受けて昨年四月、近畿中国四国農業研究センター に新しく、鳥獣害研究室(二人体制)が設けられた。イノシシが、 助走なしで高さ一メートル以上を飛び越え、嫌いなにおいにもいず れは慣れるなどの能力が分かってきた。

 中国地方に広がる里山は、イノシシにとって格好の生息地であ る。被害が増える原因として、里山から人の気配が薄らいだ▽イノ シシの苦手な積雪量の減少▽飼育場からの脱走―などが考えられ る。多くの場合、これら複数の要因が絡んでいる。

 中でも、薪炭の利用低下などで人が里山に入らなくなったり、耕 作放棄地が増えたりと、人間活動の変化が大きい。このため、山と 田畑がひと続きになり、イノシシが里に下り、農作物という「ごち そう」に目を向けてしまった。中国地方に多い中山間地域は、そん な傾向にある。

 近年、環境保全や自然保護がうたわれ、農林業でも野生動物との 共生が求められている。「共生」という言葉の響きは心地よい。し かし、共生とは競争関係が落ち着いた状態ともいえ、両者の力が拮 抗(きっこう)して成り立つ。何千年にわたって繰り広げられてき た人間とイノシシとの緊張関係は、今後も続く。

なかたに・じゅん 1955年生まれ。和歌山信 愛女子短大教授などを経て、昨年10月から現職。専攻は動物生態 学、動物行動学。

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