中国新聞

◇ 連載・特集に読者から反響 ◇

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読者から届いた感想や励ましの手紙、電子メール、ファクス


 「猪変(いへん)」第二部までの連載と特集に対し、読者から手 紙や電話、電子メールが届いている。農村部からの発信は「実は、 うちでも…」と被害の手記がほとんど。都市部の声は、農家に同情 しながらも「イノシシだって被害者」との見方が一脈通じる。広島 県木江町と広島市で手紙の主に会い、反響の一部とともに紹介す る。

「猪変(いへん)」

(03.2.13)

都市から

人里に出る原因に目を
―餌付けは心得違い―

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好奇心の強い子イノシシがトンネル状の獣道からひょっこり、顔を出した(昨年8月、広島県倉橋町)

農村から

被害続き「くたびれた」
―現場を見て聞いて―


 「イノシシは生きてはいけないのですか?」。福山市の主婦酒林 清美さん(39)のメールは、そんな問いかけで始まっている。「農家 の方は大変だと思いますが、なぜイノシシが農家の作物を狙うの か、そこを解決しないと」と、問題の根深さを見てとる。

 広島市安芸区の会社員佐藤一幸さん(62)からは三通の手紙をいた だいた。最近の文面には「連載は、町に暮らすわれわれにとって、 驚きの限界を超えています」。「その心労はさもあらんの思いで す。永年の生活の地を捨てざるを得ない状況を思うと、言葉を発す ることもできません」と被害農家の心中にも思い巡らせ、「なぜ、 人里に出てくるのか。なぜ? の向こう側に、猪変ならぬ人変があ ります。思い改めなくては、イノシシの進攻を食い止めるのは至難 でしょう」とつづる。

 三原市の三原東高の川向かいに住む団体職員松本晴喜さん(43) は、三原バイパスの建設工事が本格化した数年前から、河原をうろ つくイノシシを目撃するようになった。

 近くの新聞販売従業員山口艶子さん(62)も支度中の午前二時ご ろ、飼い犬の鳴き声でイノシシの気配に気付く。懐中電灯を照ら し、石で追う。「配達中にも二度、スクーターの前を小さいのが横 切りました。これから先どうなりますやら」

 広島市西区の装飾金物製造業、犬塚蔵造さん(54)は、広島県吉田 町で獣害に悩んでいる親類のために狩猟免許を取った。ハンター仲 間の先輩が、イノシシの習性を教わり、箱わなも開発した。「敵を 知らないで、対策も何も始まらないですよ。都市部じゃあ、イノシ シを餌付けまでする心得違いの人もいる。人と獣の境をなくす片棒 を担いどるのに」

 安芸区の無職男性(67)からは「ヒヨドリやカラス、イノシシ、サ ルなどの有害鳥獣に苦悩している集落を定点観測して、自然や動物 保護と高齢地域の生活の現実について問題提起してほしい」との要 望が届いた。

 ほかに、広島市安佐南区の広島広域公園、広島県大野町などでの 目撃情報も寄せられた。

 「イノシシが出始めて、もう十年。(略)毎日が戦いです」。広 島県上下町の農業森年元之さん(78)は亡き父と戦後、百五十アール ほどの田畑を切り開いた。「辛抱して、耕し、守ってきた農地。若 い者に『どうせ、イノシシに荒らされるくらいなら、家で食うだけ 作りゃあええ』と小ばかにしたように言われるんがくやしゅうて 」。気持ちが治まらない。

 「私たち、山里の農家はイノシシ被害にくたびれて、農業をやめ ようかと途方に暮れます」。山口市の稲作農家、古屋広幸さん(70) の思いは三枚の便せんにあふれていた。田んぼはもちろん、道や排 水溝も崩されて、さくに囲まれた生活…。恨む心の傍らで、人間の ふがいなさにも目を向ける。「山が荒れ、人間が歩くどころか、寄 りつけない現状。(略)だから、鉄砲で駆除できなくなっている」

 イノシシ出没の前触れは身近な環境の変化、という気付きを何人 もが書き送ってきた。「新広島空港ができて以来、国道2号を渡っ て海岸部までイノシシがくるようになりました」=広島県安芸津 町、機械製造業古川賢二さん(62)。三原市西部の農家女性(55)も 「新空港ができて、イノシシが現れた。稲の穂が出てから実るま で、田んぼわきに止めた車で毎晩のように見張りを続け、くたびれ ました」。

 山口県周東町、元教員村上憲司さん(72)の家で昨年春、庭先に子 イノシシが迷い込んだ。「周りではこれまで、被害が無かった。有 機無農薬栽培で自家消費ほどの野菜でも作りながら老後を送りたい と、考えていた矢先のイノシシ騒ぎでした」と気をもんでいる。

 「理屈じゃない、イノシシに荒らされた者の気持ちを分かってほ しい」。悔しさを切々とつづるのは、広島県瀬戸田町の農家谷国澄 江さん(53)。ミカン畑の実は食われ、根も掘られ、カボチャ畑は金 網の下を掘ってくぐられ全滅した。「桃をルンルンで取りにいく と、低い所の実を全部食われ、土産にふんまで残して行かれまし た」

 三次市で二十頭の牛を飼う敷本馨さん(53)も牧草地を掘り返さ れ、収穫が思うに任せない。「農地の償還金はまだ残っているし、 子牛生産は収益性も低い。果樹などの園芸作物を守るように、広い 飼料畑をさくで囲うのは無理」と苦しい胸の内をさらす。「牛肉の 国際競争力を上げるどころの話じゃない」

 水田やナシ畑を襲われたという広島県甲田町の農業高塚敏徳さん (60)からは「イノシシの問題は机の上で考えるより、現場に出るの が一番。話を聞いてもらいたい。連載に期待している」と、励まし の電話をいただいた。


■すみ分けは人間の課題■
村岡かおりさん 広島市西区

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「イノシシたちの言い分にも耳を澄まして」と願う村岡さん(広島市西区の自宅で)

 「イノシシからすれば、疫病神は人間」「人間第一主義の考え方 をまず駆除すべきだと思います」。はがきを二度いただいた広島市 西区の主婦村岡かおりさん(39)は、山を切り開いた団地に住んでい た。

 「私も人間だし、道路も増えた方がいい。でも、強者の人間こそ 共存の心や優しさを持たないと、弱者の動物は生きていけない」。 地球上の命はつながり合い、人間がほかの種を滅ぼせば結局は人間 自身の首を絞めるという、生態系の考え方が村岡さんの土台だ。

 害獣、駆除、根絶やし…。イノシシに浴びせられる言葉に心が痛 む。「一匹も殺すな、とは言わない。きちんと食用に回すとか、供 養するとか、無駄に殺さないでほしい」。獣には「弁護人」がいな い歯がゆさ。「犬の鳴き声の翻訳機が話題になったけど、イノシシ 版もあるといいのに」

 家の前に、地域のごみ収集場がある。水気を切っていないごみ袋 にカラスがたかる。道路脇に投げ捨てた食べ残しにも。「野生動物 とすみ分けるマナーは、人間側の課題。イノシシの習性や生態を詳 しく研究してもらい、共存相手と付き合うルールを市民に広めても らいたい」

■皆が捕まえる気構えで■
西村主計さん 広島県木江町

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「人間の側がしゃんとせんと」。祭りで振る舞うぼたん鍋の準備をする西村さん(広島県木江町)

 「芸南の島々に増えたイノシシを全滅させるのは、不可能だろう と思います」。竹原港から大崎上島の木江町に渡ると、ミカン農家 西村主計(かずえ)さん(73)は町の産業文化祭で、イノシシの焼き 肉と鍋を振る舞っていた。

 六年前、わなの狩猟免許を取った。ミカン農家でつくる「明石み かん会」(高村良民会長、三十六人)の仲間と、害獣駆除でも力を 合わせてきた。ぼたん鍋のもてなしを四年前に会で始めたのも「害 獣の存在を島内に知らせ、駆除仲間を増やしたい」一心だった。

 「イノシシは繁殖力もすごいが、ありゃあ頭がええ」と漏らす。 西村さんが「大学生」と呼ぶ老練な大物は、箱わなの奥から寄せ餌 のミカンをくわえ出し、わなの外で食べるという。

 「暖冬に、うまいミカン。水場はあるし、山もやぶが多い。瀬戸 内の島はどこも同じで、イノシシ天国になるのが目に見えるようじ ゃ」。秘策なんかない。「農家全員が狩猟免許を取ってでも、捕ま える気構えがなけりゃあ。駆除に王道なし」と明快だった。

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