中国新聞

欧州事情 ポーランドとフランスで

野生を支配 気骨の狩人

 イノシシは日本固有の動物ではない。取材で回ったポーランドに も、フランスにもいた。農作物被害だって起きている。日本と違う のは、野生の力を知り、手中に収めようとする人間側の骨っ節。獣 と向き合う、狩人の物腰にも際立っていた。

文・石丸賢 写真・山本誉
取材・撮影は2002年10月
地図
■写真グラフ 欧州事情 (50k)
「猪変(いへん)」

特 集
(03.2.17)


 ◆農家への獣害補償も負担

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ポーランドの名前の由来は「平原」。起伏がなく、囲われ た森は管理も猟もしやすい(ワルシャワ空港近く)

 ポーランド、フランスでは、イノシシはまさしく、狩猟のための 獣だった。獲物になるから、生態や行動を調べ、すみかの森林管理 に励む。獲物による仕業だからこそ、獣害に遭った農家への補償に 狩猟者団体も納税などで一枚かんでいる。

 イノシシにかける「狩猟圧」は、両国ともに高い。ポーランドで は年間、国内に約十万頭いるうちの八万頭前後を猟で捕る、とい う。「それでも再び勢力を盛り返すほど、繁殖力が強い動物」(国 際生態学研究所のペジャノスキー博士)とみていた。

 「大人のスポーツ、かな」「社交の場なんだ」

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森を背にしたハイシート。グリーンのように広がる猟場に は、獲物をおびき出す餌場がある(ポーランド南東部)

 何のために狩猟をするのか? 行く先々で尋ねた。「大人のスポ ーツ、かな」「社交の場なんだ」…。いろんな受け答えがあった。 「スポーツだから、獲物にも逃げるチャンスを残す。車や馬で追う のはアンフェア。私は自分の足で追うんだ」。こだわりを説き始め る人もいた。

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保護獣のバイソンに着けた発信機の電波を、アンテナで探 すペジャノスキー博士(ポーランド・ビエスチャディ国立公園)

 「狩猟は、野生動物の保護に役立っているんだよ」。ポーランド で会った生態学者イェドリッチコウスキーさん(59)は、誇らしげに 言った。証しが、首都ワルシャワの国立狩猟・馬術博物館にあっ た。狩人が物にした鳥獣のはく製に交じり、シカ角の妙な標本が並 んでいた。ねじ曲がったり、ささくれたり、奇形の角ばかり。

 ハンターには、病気や発育不良で弱った鳥獣を仕留める責任があ るという。「本当は、生態ピラミッドの頂点に立つオオカミの仕事 なんだけどね。今はハンターが代役なんだよ」とイェドリッチコウ スキーさん。標本は、角でシカの状態を見分けるハンターのための 教材だった。

 フランスの猟区には、簡素だが日本のゴルフ場にあるようなクラ ブハウスがあった。出猟前、たばこやコーヒーを手に談笑し、はや る気持ちをほぐし合う。昼食時に戻ると、自慢のワインを開け、郷 土料理が盛りだくさんの皿を楽しむ。猟に集まった九割方は中高年 の男性だが、妻や中学生か高校生ぐらいの息子や娘も連れてきてい た。「猟は社交の場」というのは本当だった。

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ドゴール空港の売店に並んでいた狩猟雑誌。表紙の写真は どれも、人気のイノシシ(フランス・パリ)

 クラブハウスには解体場と保冷室が隣り合っていて、地元の精肉 業者がナイフを研ぎ、獲物の到着を待っていた。

 肉質が違うのだろう。イノシシを雄雌や年齢別で細かく呼び分け る。日本で「ウリ坊」と呼ぶ幼獣をはじめ、生後四―五カ月の体重 一五キロ前後は「赤毛」、一冬越して毛が生え変わると「黒毛」。 二歳の雄と雌、三歳の雄と雌にも、それぞれの呼び名がある。肉食 文化圏のこだわりには、舌を巻いた。

 日本への帰りがけ、パリのドゴール空港の売店で月刊の狩猟雑誌 を見つけた。ファッションや車の雑誌のはざまに三誌が並ぶ。表紙 はどれもイノシシの写真で、一誌には「イノシシへの熱情」という 文字が躍っていた。

■  □  ■

イノシシ研究進むフランス  フランスでは、国立狩猟研究所(本部パリ)を軸に、狩猟鳥獣の 生態や行動の解明が進む。研究所発行のパンフレットから、イノシ シ研究の成果を一部紹介する。 世界のイノシシ分布域
繁殖力
 雌の年齢や体重で変わる。体重30~40キロの雌は平均で2、3頭 の子を産み、60キロ以上なら5,6頭が平均。雄雌の比率にも左右 される。
ドングリ好き
 大半の年で、ドングリとブナの実が摂取量の半分以上を占める。 ドングリがよくなる年は、発情の休止期間が短くなる。普通は12月 に始まる発情期が9月に繰り上がることもある。
イノブタ
 ブタとの交雑がもたらす害悪は甚だしい。大脳や感覚器官、特に 鼻、きゅう覚の衰退が観察されている。動物種の遺伝形質を純粋に 保つことが望ましい。
定住志向
 生まれた場所から半径15キロ圏を超えて暮らすようになる個体は 約10%どまり。雌同士は2、3頭で群れをなし、子どもと一緒に生 活する。雄は1歳ほどで群れから徐々に離れ、生後18カ月になると 独りで暮らすようになる。
猟区の管理
 頭数を増やしたければ、体重50キロ未満の個体を優先的に撃つと いい。繁殖の柱になる成獣を残せば、増加が見込める。逆に増え過 ぎたら、次の出産期までの駆除に全力を挙げる。



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