中国新聞

 

保護と管理 調和探る
中国地方 行政の試み

 特定鳥獣保護管理計画をよすがに、日本社会は今後、野生動物と の共存を図る。中国地方でも島根、鳥取両県がイノシシを対象に計 画を策定し、生息密度や環境などのモニタリング(測定)に入る。 不確かな農業被害を基に進め、効果の検証もなおざりだった、従来 の有害駆除制度からの脱皮が求められる。

推進力矛盾数のぶれ広島県立農技センター

●特定鳥獣保護管理計画「イノシシ対象」増える
●イノシシ防除・食材活用探る 島根で11月シンポ


「猪変(いへん)」

特 集
(03.5.19)



推進力  調査研究の拠点設置 島根県、タテ割りから脱却

地図「島根県中山間地域研究センター」

 農山村の活路を探る研究所として、都道府県で初めて島根県が設 けた中山間地域研究センター(赤来町)に今春、鳥獣対策科が加わ った。二〇〇二年春に策定した「特定鳥獣(イノシシ)保護管理計 画」を支える調査・研究の拠点だ。

 「県内のどこで、どんなイノシシ被害が出ているのか、情報収集 の拠点がないと、有効な対策は打てませんからね」。金森弘樹科長 (42)は、組織改編で県林業技術センターから移った。部下は五人。 農業、自然保護、獣害防除などに詳しいスタッフが集まった。

 国内で数少ない「イノシシ博士」の一人も迎えた。小寺祐二さん (32)。研究の場を東京農工大から浜田市に移し、十年近く、中国山 地で生態を調べてきた。「イノシシの生態を詳しく調べ、地形に合 った農地の整理など、きめ細かな情報提供で地域を支えたい」と意 気込む。

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新地区移転し、この春に鳥獣対策科を新設した島根県中山 間地域研究センター(赤来町)

 本年度から、罠(わな)を仕掛けた地点や期間、銃猟に入った山 や参加人数、捕獲頭数などを県内全域で調べる。駆除のデータ集め は市町村にゆだね、インターネットで送ってもらう。狩猟データ は、独自の調査書をハンターに配る。

 保護管理計画は「(野生動物の)地域個体群の長期にわたる、安 定的な保護繁殖」が目的。獣害が出るほど増やさず、絶滅の恐れが 出るほど減らさず―のバランスを取る。保護と管理(駆除)の調和 をみるべき行政が、保護は環境担当、駆除は農政担当、という従来 のタテ割り組織では、さじ加減が難しい。

 島根県は計画を定めると、中国五県でいち早く、組織を見直し た。〇二年春に鳥獣対策室を新設、そしてセンターの新築移転。 「獣害対策には地域密着の指導が不可欠」と本年度から、専門員・ 普及員も養成する。七つの農林振興センターの管内ごとに、県や市 町村の職員に害獣の生態や被害防除策を学ばせる。


矛盾  捕獲増えても減らぬ害 人里近くでの駆除進まず

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山際の水田で夜中、稲をなぎ倒すイノシシ。農家は翌朝、 惨状を知った(2002年8月、浜田市内)

 やぶに潜み、大きな群れをつくらないイノシシは生態がつかみに くい。地域に何頭いるのか、行政は知らず、農家の求めるまま、従 来は有害駆除の許可を出してきた。

 中国五県では〇一年度、イノシシは駆除だけで過去最高の計四万 四千百八十一頭が仕留められている。最近の十年間では、駆除を含 む捕獲数の伸びように比べ、実は農業被害額はそれほど減っていな い。

 「田畑の作物の味を覚え、人里近くに居着いたイノシシを捕らな いと、被害は減りません。人を恐れ、奥山にとどまっているイノシ シまで猟犬や銃で追い散らしたら、かえって逆効果」。イノシシ行 動学の研究者、麻布大(神奈川県相模原市)の江口祐輔講師(34) は、「数多く捕りさえすれば、被害が減る」との思い込みを戒め る。

 人里近くにすむイノシシの駆除には事故を恐れ、銃は使いにく い。代わりに、島根や広島、山口では箱罠の普及が進んでいる。と ころが、島根、鳥取両県の「特定鳥獣保護管理計画」ともなぜか、 罠による駆除推進には触れていない。捕獲圧力アップの方策は、猟 期の一カ月延長だった。

 「お金の問題です。狩猟で捕獲数を稼げれば、市町村の持ち出し が少なくて済む」。県鳥獣対策室は内幕を明かす。駆除と違い、狩 猟での捕獲なら、市町村は報奨金などを出さずに済む。不況で予算 削減を迫られた行政のしわ寄せが、こんな所に顔を出す。

Photo 農閑期も、トタンと金網の囲いでイノシシを田畑に寄せつ けない(2003年1月、広島県吉田町) Photo イノシシよけのさくをまたいで、わが家の畑に入る農家 (2002年7月、広島県倉橋町)



数のぶれ  被害額 算定基準なし データに基づく検証必要

グラフ「イノシシの捕獲頭数と農業被害の推移」

 岡山県北西部の新見市では〇二年度、イノシシによる農業被害額 が前年度の四・五倍、八百八十六万円に急増した。駆除の申請に必 要な、被害農家の届け出に「補償がある訳じゃなし」と減収額を書 かないケースが多かった。市が被害額の記入を徹底させた結果、総 額が跳ね上がった。

 農業被害額があいまいなのは、算定の基準がないせいもある。市 町村の職員が現場で目測するのはまだしも、農家が言うままを書く だけの所もあった。だから、数字がぶれる。農水省は現在、被害測 定マニュアルを準備している。

 島根県は〇一年度から、市町村に渡す被害報告マニュアルを独自 に作成。米や野菜など商品作物について、市場価格に照らした被害 額の算出を求めている。ただ、これも農家の自給用作物の被害まで 市場価格で評価してしまうのが傷だ。

 どこで、何頭捕れば、どれだけ獣害が和らいだか―。科学的デー タに裏付けられた検証こそ、保護管理計画の真骨頂である。手は抜 けない。


広島県立農技センター  「踏み荒らし」面積のデジカメ測定法研究

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イノシシ被害の測定にデジタルカメラを使う手法を考えて いる広島県立農業センターの星野さん(2003年5月、東広島市)

 イノシシに踏み倒された水田をデジタルカメラで撮り、被害に遭 った面積や減収量、金額を概算する被害測定法の開発に、広島県立 農業技術センター(東広島市)が取り組んでいる。農水省の補助事 業で、うまくいけば国内全域の調査手法として採用される。

 農業被害の調査は従来、農家からの聞き取りや目測頼りで、被害 額の算定は大ざっぱなケースが多かった。全国の都道府県で「特定 鳥獣保護管理計画」づくりが進む今、被害の実態把握が不可欠と踏 んだ農水省が二〇〇二年度から、イノシシ版の測定マニュアル作成 を広島県、サル版を山口県に任せた。

 イノシシ被害は主に、水田の稲をなぎ倒す「踏み荒らし」と実っ た米を食う「食害」の二つ。同センターは「踏み荒らし」に着目。 デジカメの写真データをパソコンに取り込み、撮影角度による画面 のゆがみ補正から、被害面積をはじくソフトの開発をめざす。昨夏 と今夏、山間地の双三郡三和町と島しょ部の倉橋町で被害データを 集め、役立てる。

 センターの副主任研究員星野滋さん(38)は「実測で田んぼに入る のは、被害農家の手前、気も引ける。デジカメを使えば手軽だし、 調査の精度も上がるはず」と研究を急いでいる。



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