2007.05.20
26.  不法移民支援   「同胞守れ」広がる運動



 ビジネスコンサルタント、スペイン語ラジオ番組のパーソナリティー、人権活動家…。多彩な顔を持つエンリケ・モロネスさん(50)は、週末の土曜日も多忙を極めていた。ようやく会えたのは午後八時。カリフォルニア州サンディエゴ市内のホテルに現れた彼は「昼間の集会とデモはどうだった」と尋ねてきた。

 「歌やダンスまであって、まるでフェスティバルのようでしたね」

 「そう、それがラティーノ(中南米系米市民)のいいところなんだ」と彼は豪快に笑った。

 サンディエゴに隣接するナショナルシティー市であった市民集会については、先週このシリーズで取り上げた。合法・非合法を問わず同市を「移民者のための保護区」にするとの市長宣言をめぐる賛成、反対両派の集会である。賛成派の集会・デモには四百人余が参加。その中で指導的な役割を果たしていたのがモロネスさんである。

 「この国の市民権がある者も、メキシコ人の血が流れておれば同胞のことに無関心ではおれないからね」

 そういう彼も、サンディエゴ生まれのメキシコ系二世である。航空会社勤務の父親(87)が一九五四年、転勤で母親(79)と兄姉を伴ってメキシコ市からサンディエゴへ。二年後に生まれたモロネスさんは小学校から大学の修士課程修了まで、同市内にあるカトリック系の学校で学んだ。

 卒業後はホテルの国際マーケティング部長や地元の大リーグチーム「サンディエゴ・パドレス」の副社長などを歴任。その間も日曜にはカトリック教会の礼拝に出かけた。

 ■劣悪な環境直視

 「教会では不法移民者のために、水や衣服を持ち寄っていた。あるとき、一人の女性信者から『サンディエゴ北部の丘陵地に住む越境者のことを知っているか』と問われた。野宿者がいるなんて思ってもいなかった」

 誘われるままに、不法移民者が住むという山間部へ出かけた。そこで見かけた、人間の暮らしとも思えぬ二千人を超すメキシコ人の姿に大きなショックを受けた。「私が移民の問題にかかわりだしたのは、一九八〇年代半ばのこのときの体験がきっかけだった」

 劣悪な生活環境にありながら医師はいない。故郷の家族との手紙のやりとりもできない。子どもたちへの教育は皆無…。トマト畑など近くの農場で働いても、農場主から「国境警備隊を呼ぶ」と脅され、労賃を踏み倒された人たちもいたという。

 そんな話を聞きながら、モロネスさんは強い憤りを覚えた。「不法入国者も同じ人間。弱い立場の者を食いものにする人たちが許せなかった」。彼はそれ以来、教会関係者らとともに週末には野宿者の住む丘陵地へ車で通い、水や食べ物を届けた。冬場には毛布や暖かい服も用意した。

 九四年、政府は不法入国者を減らすために「ゲートキーパー作戦」を実施した。同作戦では太平洋岸から山間部に向け、越境者が多かったメキシコ国境に沿ってフェンスを設け、国境警備隊の数を増やした。

 モロネスさんらは「フェンスを作っても、越境は減らない。より危険な山間部や砂漠地帯に、彼らは移動するだけだ」と当局に主張した。現実はその通りになった。これまでは米国南西端の国境、メキシコ側のティファナ市など都市部からの越境がほとんどだった。それが、カリフォルニア、アリゾナ、ニューメキシコ、テキサス各州のより危険な地に不法移民者を追いやった。

 「その結果、カリフォルニアからテキサスまでの二千マイル(約三千二百キロ)に及ぶ国境で、一カ月に平均一人だった越境に伴う死者が一日平均二、三人に急増した」と言う。九四年以来の犠牲者数について、当局の発表は四千人だが、モロネスさんらは約一万人と推定する。

 死者の多くは、春から夏場にかけ四〇度以上にもなる暑さによる脱水症状、冬場の寒さなどからくる衰弱によるものが多い。二〇〇一年の「9・11米中枢同時テロ」事件後は、「テロリストの越境を防止する」との目的で、国境警備隊の増員に加え、州兵をも国境沿いに配備。死者の中には、国境警備隊に撃たれて死亡するケースも増えているという。

 ■「結束強まった」

米の移民法改正
 下院議会で可決されたセンセンブレナー法案に対して、ブッシュ大統領や上院議員からは別の案が出されている。

 2007年4月、大統領は上下両院議員に「今年中に包括的移民法の改正を実現させよう」と呼び掛け、そのためには「5つの明確な目標が必要」と指針を掲げている。@国境での取り締まり強化A法と秩序にのっとった暫定労働者プログラムの創設B雇用主の労働者雇用の際の責任C入国済みの不法移民者問題の解決D新移民者が米社会に溶け込むための英語教育など新しい方法の確立―である。

 民主党のエドワード・ケネディ上院議員らは「不可欠な労働査証プログラム」として、新たに「H―5A」という査証をつくるように提案。最初は3年間の労働許可だが、延長も可能。家族も同伴できる。さらに将来は永住権にもつながるものとする。ラティーノはケネディ議員らの案を支持している。
 モロネスさんらの活動は、カリフォルニア南東部の砂漠地帯や山間部に無人の水補給基地を設けるなど活動範囲が広がっていった。彼は〇一年に民間非営利団体(NPO)「国境の天使」を創設。七百五十人以上がボランティアで活動にかかわる。「越境に伴う無用な死者を出さない」「すべての人たちの人権を守る」を目標に掲げる。

 〇五年末、ウィスコンシン州のジェームズ・センセンブレナー下院議員(共和党)が提案した不法移民規制法案が、下院議会で可決された。米国滞在の不法移民者を「重罪」とし、彼らを雇用したり、支援する個人や団体にも重い罰則を科すものだ。

 危機感を抱いたモロネスさんらは〇六年二月初め、サンディエゴから車を連ね米大陸横断の「移民者のための行進」を実施。約一カ月をかけ、ロサンゼルス、シカゴ、ニューヨーク、首都ワシントンなど、往復で十八州四十都市を訪ねてラティーノら市民と交流。街頭に出て法案に抗議の意思を表すように訴えた。

 やがてそれは各地での大規模な街頭デモにつながり、五月一日のメーデーには、ロサンゼルスなど全米で百万人以上のラティーノらが抗議デモをした。これほど大規模にラティーノが政治的意思を示したのは、米史上でも初めてのこと。モロネスさんは「センセンブレナー法案がラティーノの結束を強めた」とみる。

 同法案は「私たちへの挑戦」と受け止めるのは、ラティーノだけではなかった。テキサス州ヒューストン市で会った「カトリック・ワーカーズ」の白人夫妻マーク・ズーイックさん(79)と妻のルイースさん(64)も憤りを隠さなかった。

 「不法移民者と呼ばれる人たちは、働いて故郷の家族に送金したり、こちらにいる家族との再会などを願ってやって来る。彼らをテロリストや麻薬密売者のように扱うのは間違い。貧しい人たちへの人道支援が重罪になるような社会は、ユダヤ人を助けようとした者を犯罪者扱いしたナチス・ドイツと同じ」とマークさんは力説した。

 ズーイック夫妻は、八〇年から不法移民者が暫定的に住める「家」を提供している。「貧者に手を差し伸べよ」。キリスト教精神に支えられた活動は、賛同者の寄付によってまかなわれているという。これまでに一時的に宿泊したラティーノは約六万人。現在も百人の女性たちと子ども、五十人の男性が三カ所の家に住む。このほかにも一週間で六百家族に食事を提供している。

 ■経済政策の暗部

 私がズーイック夫妻を訪ねたときも、中米のエルサルバドル、ニカラグア、メキシコから命からがら越境してきた若い女性四人が、スペイン語で夫妻と話し合っていた。

 長年、不法移民者とかかわってきた二人は「アメリカが、今の市場原理主義の経済政策を続ける限りメキシコなどからの不法入国者は減じることはない」とも指摘する。

 「いい例がメキシコ、カナダ、アメリカの三国間で結ばれ、一九九四年に発効した北米自由貿易協定(NAFTA)だ」と言う。トウモロコシなど米農産物に価格で太刀打ちできないメキシコの百五十万の小規模農家は収入を失い、多くは土地まで失った。その結果、ほかに仕事を求めて人々が移動し、家族や地域が崩壊の危機に直面。「家族が食べていく」ために、不法に越境するのだという。

 「不法入国者が働いているのは、もはやカリフォルニアやテキサスなどメキシコ国境に近い州だけではない。今では北部バーモント州で生産される牛乳の半分は、メキシコ人労働者がいる農場から出荷されている。二千人いる移民労働者のうち、四人に三人は不法移民者よ」とルイースさんは説明する。

 「カリフォルニアなどそのほかの地域の農業をだれが支えているか推して知るべしだ」。こう語る夫妻は、サービス業を含め「アメリカ経済は、今や不法移民者なしには成り立たない」と断言する。

 ズーイック夫妻が隔月に発行する英西両語の機関紙を通じて夫妻の活動を知るモロネスさんも、二人の主張に賛同する。そして「経済だけではない」と続けた。「ティファナではメキシコの若者を米軍に勧誘して、イラクへ派遣している。永住権の発給や給与の甘言を使ってね。若者の無知を利用した人権侵害。いや、メキシコ人への侮辱だよ」。モロネスさんは語気を強めた。

 その数「延べ二万人」。初めて知る事実に驚かされる。このような不条理な現実への対応を含め、移民法の改正にどう取り組むのか。モロネスさんらラティーノの政治的力量が試されている。


「移民者のための保護区」宣言を出したナショナルシティー市に対する賛同街頭デモの後、マイクを手に「われわれが結束して、すべての弱者の人権を守っていこう」と参加者に訴えるエンリケ・モロネスさん(ナショナルシティー市) 「どうしたら仕事が探せるのか分からない」「妊婦の身でこの家を出るのが怖い」…。不法移民の女性たちの悩みに耳を傾けながら、不安を取り除くように優しく声を掛けるルイース・ズーイックさん=左から2人目=と夫のマークさん=右端(ヒューストン市)

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