団地が危ない 6・29豪雨災害(中)

'99/7/16 朝刊

 ◆山は訴える 弱体化する土壌緊縛力

 豪雨災害の発生から九日後の八日、広島大総合科学部の中根周歩 教授(環境生態学)は、広島市佐伯区、東観音台団地(約九百五十 戸)北西の山中にいた。土石の崩落跡で、植生が土石流の発生や規 模にどう影響したか、調べるためだった。

 現場近くの極楽寺山(六九三メートル)で森林生態を研究する中 根教授は、ある予測を立てていた。この辺りは松枯れが進み、松に 取って代わりつつある天然の広葉樹は、まだ若く根が細い。「斜面 が崩壊した一因は、表面の土をつなぎとめる樹木の力(土壌緊縛 力)の弱さだったのではないか」

 三基あるダムのうち、標高約二百メートルにある最上部の治山ダ ムを訪れると、中根教授が思った通りの状況が残っていた。

 直径三十センチ近い松の枯れ木が数本、ゴロリと倒れている。岩盤の 割れ目には、ねじ切られた松の根。中身はスカスカで、枯れ木の根 らしい。広葉樹も樹高は十~五メートルしかなく、崩れた斜面に弱 々しいヒゲ根をさらしていた。

 ▽人工林は成長途中

 中根教授によると、元気な松は岩盤に根を張り、直径三十センチ(樹 齢四十~五十年)で約二十トンの土をつなぎ止める。ところが、枯死 したアカマツの土壌緊縛力は、芸南地方では七~八年で失われるこ とを調査で突き止めている。

 団地が迫る広島湾沿岸の山では、戦後の緑化運動で植えられた松 林が、十年ほど前から急速に枯れてきた。その後には自然の広葉樹 が増え、一部の山では商品価値の高いヒノキや杉が植えられた。し かし、多くはまだ樹齢十年以内の若い木だ。佐伯区五日市町の荒谷 川流域では、谷筋や急斜面の人工林が倒されて流れ、被害を広げ た。

 視察を終えた中根教授は「松が枯れた後、広葉樹も成長しきって いない最も不安定な時期。斜面の崩壊をくい止められなかったのだ ろう。人工林も、急斜面に植えたり、枝打ちや間伐などが行き届か ないと、根こそぎ流される恐れがある」と述べた。

 ▽植生説 県は否定

 これに対し、県森林保全課は「松が枯れた後にはクヌギなどの広 葉樹が育ち、土壌を保つ力は十分。それでも持ちこたえられないほ ど雨の勢いが激しかった」と説明し、植生を土石流と結びつける考 えには否定的だ。

 団地のそばの山は、どう管理されているのか。「自分の山の境さ え知らない人が増えた」と、佐伯区以西の広島県南部をエリアとす る佐伯森林組合の向井田輝紀業務係長。境界が不明では、木一本も 切れない。「市街地や団地に近い山林の所有者の中には、山を不動 産的価値でしか見ない人も多い」と続ける。

 ▽山育てる方策必要

 広島市は一九九五(平成七)年、森林の保全を目的に、私有林の 管理を市が肩代わりする分収造林、育林制度を始めた。市が同年、 森林所有者を対象にしたアンケートで、事業に参加を要望する面積 は、計約千五百ヘクタールに上った。これに対し、実施面積は年間計二十 ヘクタール。管理が行き届かない実情が浮かび上がる。

 市民団体「水と緑を育(はぐく)む会」の青野健二代表は「手入 れが不十分な山は災害に弱い。とはいえ森林経営の現状は厳しい。 山を育てる方策を、都市住民も考えてみてほしい」と提案する。

【写真説明】治山ダムで止まった、枯れた松の根を調べる中根教授(8日、広島市佐伯区観音台3丁目から北西へ約200メートル入った斜面)


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