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壁の言づて |
悲しみや悔恨 今も息づく
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娘の死を記した父がいる。わが子の消息を尋ねる母の文字もある。広島市中区、袋町小平和資料館に、その「伝言の壁」はある。爆心地から四百六十メートル。原爆で倒壊は免れたが焼けて真っ黒になった校舎の壁の漆喰(しつくい)に、親や教師たちはチョークで言づてを残した。 安佐南区の加藤好男さん(85)は当時、二十五歳の青年教師。袋町国民学校高等科一年の教え子たち約三十人を雑魚場(ざこば)町(中区)の建物疎開作業に引率した。少し離れていて、炎に阻まれ、子どもたちを見失った。数日後に救護所でやっと見つけた一人の安否をここに記した。 そんな壁を題材に、創作劇「夏の伝言」を公演している高校生たちがいる。市立舟入高(中区)演劇部の二十二人だ。 原爆劇は部の伝統である。部長で二年の岸優子さん(17)は惨状を思い描くため、祖父母に被爆体験を聞いた。同級生で演出担当の加藤晴香さん(17)と石仏綾夏さん(17)は被爆体験記を読んだ。 昨年十一月の広島県高校総合演劇大会で最優秀の金賞を受けた。「リアルだね」「生々しかった」。今年一月半ばの発表会でも、客席の反応はまずまずだった。 それでも部員たちはもどかしがる。きのこ雲の下を生き抜いた人たちの強さ、悲しみを伝えたい。伝言にまつわるさまざまな人の思いを舞台で表現したい。でも「あの時の被爆者の気持ちに、まだ近づけない」 壁の伝言は、その後に上塗りされた漆喰の下で今も息づく。校舎の一部ごと保存して二〇〇二年に開館した袋町小平和資料館には、上塗り前に撮影された写真が原寸大でその位置に掲げられ、言づての文字をはっきりと読み取ることもできる。 それは、加藤好男さんと生き残った数少ない教え子が時を超えて再会するドラマを生んだ。同時に加藤さんに、多くの子どもたちを見守れなかったあの日の悔恨を思い起こさせる。 だから最近、体調不良もあって証言は控えてきた。が、高校生たちの熱意にほだされ再び壁の前に立った。自分の体験に聞き入る目の輝きを見た。高校生三人は、伝言にこもる心の痛みを思い知った。 |
【写真説明】加藤好男さん(左端)から壁に託した思いを聞く左から加藤晴香さん、石仏さん、岸さん(撮影・福井宏史) |