広島市は4日、原爆で壊滅し、現在は平和記念公園(中区)となっている「旧中島地区」の説明板を公園内のレストハウスそばに設置した。密集した家並みの写真や地図を盛り込み、市有数の繁華街だったかつての様子を伝えている。
縦60センチ、横90センチのステンレス製。「被爆前には5949人がいたと推定される」などと記述し、原爆投下直前の1945年7月に撮影した航空写真や地図を載せた。カフェや映画館、旅館が集まっていた当時のにぎわいをしのばせる。同じ構図の今の写真も並べ、対比できるようにした。
市は昨年8月にも、旧中島地区内にあった中島本町、材木町、天神町、元柳町の4町の説明板をそれぞれ設置し、地名の由来や被爆前後の様子を紹介している。市国際平和推進部は「当時の人々の生活に思いをはせ、被爆の実情をより深く学ぶきっかけになれば」と期待している。(桑田勇樹)
【写真説明】原爆投下前の旧中島地区を記録した説明板
    
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