中国新聞社

2000・2・10

被曝と人間第2部臨界事故の土壌[1]        
事故調査委員会委員長代理 東 邦夫

 

 

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ひがし・くにお 京都大大学院工学研究科教授(原子核工学)。ウラン濃縮や原子力化学工学の専門家で、原子力安全委員会の核燃料安全専門審査会長、財団法人原子力安全研究協会理事などを務めている。京都府出身。61歳。

    原子力史上最悪の事態 なぜ起きた

 

「意図して」違法操業

 ■規律・服務ずさん

 原子力安全委員会の臨界事故調査委員会(委員長・吉川弘之日本学術会議会長)が昨年末まとめた最終報告書は、事故の直接的原因を「臨界安全形状に設計されていない沈殿槽に、臨界量以上のウラン溶液を注入したこと」と断じた。

 臨界とは、核分裂反応が連鎖的に続く状態を指す。JCOでの事故では、臨界状態が十九時間四十分も継続し、この間、中性子線などが放出され続けた。調査委の指摘のように、臨界を防ぐ形になっていない沈殿槽に高濃度のウランを大量に注ぎ込めば、臨界に達することは、原子力関係者には常識である。なぜ、こんな危険な作業を行ったのか、素朴な疑問がわく。

 「事故が起きた転換試験棟で作業していた三人のうちのリーダーが『ウラン溶液を均一化するために、かくはん機の付いている沈殿槽を使ってもよいか』と、核燃料取扱主任者の資格を持った人に尋ねた。『大丈夫だろう』との返事があったので、沈殿槽にウランを入れている時に臨界に達した、ということが調査で分かった。聞かれた人は資格はあるが、会社で定めた責任者ではないし、上司でもない。ラインのしっかりした規律というか、服務がかなりずさんだった」

 「背景には、許可を受けていないことを組織ぐるみで堂々とやってきたことがある。決められた量のウランで作業をしなければならないのに、それ以上の量での作業を認めるなど、正規の作業手順からの逸脱がエスカレートしていった。違法行為に対する社内的な歯止めがなかった、と言わざるを得ない」

 ■社外向け別議事録

 JCOは一九九七年、許可された工程を逸脱した作業手順書(裏マニュアル)を作成したことが事故後、分かった。ウランの溶解にバケツを使うなど、違法行為が盛り込まれているが、臨界への注意事項は記載されていなかった。

 「溶解の次の混合均一化作業でも、手順書では違法な貯塔を使うことになっていたが、手間が掛かるので、さらに手を抜いて沈殿槽を今回初めて使い、事故を招いてしまった」

 「社内会議で『許可された作業手順とは違うが、気を付ければ、臨界にはならない』などと議論して、社内用議事録に記録した。しかし、外に出す議事録には、転換試験棟の臨界問題に関する討議部分は削除した。つまり会社は、うっかりではなく、組織的に意図して違法作業をしていた。分からなければ、何をしてもよいという上層部の意識が、下にも伝わっていた恐れがある。まさにモラルハザード(倫理観の欠如)だ」

 ■「勝手」いくらでも

 「作業記録も正確に書かずに済ましていた。作業員は線量計さえ着用していなかった。上司も見にこない環境の下、勝手なことがいくらでもできるような作業現場になっていた」

 臨界事故を起こした時に扱っていたウランは一八・八%と高濃度だった。天然ウランの〇・七%程度や原子力発電の燃料三~四%より危険性が高いのに、作業員や社の上層部にその認識があったのか疑問が残る。

 「作業をした三人は普段、廃液処理という臨界の怖さとは無縁の作業をしていた。JCOは、そういう人に一番危険な高濃度のウランを扱わせている。だから作業員も廃液と同じような感じで、どうせ混ぜるなら大きな器で混ぜればいいと考えたのではないのか」

原因解明は十分だったのか
再発防止策づくり優先

 広島、長崎への原爆投下から半世紀余り。被爆国の日本で原子力事故では初めて死者が出たことに、被爆地から「被爆体験の風化」を懸念する声が上がった。核兵器と平和利用の違いはあるが、放射線・放射能の怖さを伝える努力がおろそかになっていたのではないか、という思いからである。

 ■臨界事故には油断

 「原子力産業界をはじめ国内では、放射線の危険性については過度なくらい神経をとがらせる方向にある。しかし、臨界事故については、起きたことがなく、油断があった。広島の経験を軽く見たのではない、と私は思う」

 「JCOは決して初めから、ずさんだったわけではない。ただ、経営がうまくいかなくなってきた時に、現場部門から人をごそっと減らして、間接部門の人は減っていない、普通とは逆の変な会社だった」

 JCOは、原子力発電所で使う核燃料の材料を加工する会社。原発を中心とする核燃料サイクルでは、アップストリーム(上流)に位置付けられている。

 ■注目されない部門

 「原子力産業で強い関心が払われているのは、原子炉と再処理、放射性廃棄物の分野。JCOのような再転換処理はあまり注目されず、いわば脱落した部門だった。もし電力会社や国にそれも大事な部門だという認識があれば、自覚の欠如はこれほどエスカレートしなかったのではないか」

 ■安全委強化に成果

 最終報告書はA4判で、参考資料も含めると三百三十一ページに上る。原子力安全委員会が昨年十月に設置した事故調査委が十一回の会合と現地調査を重ねてまとめた。「原子力の『安全神話』は捨てられなければならない」「確率は低くとも事故は起こり得るものと考えるべきだ」などと踏み込んだ表現もあるが、その一方で「結論を急ぐあまり事実関係の解明が不十分」「JCOの責任を厳しく強調しているのに比べ、国など規制する側の責任追及が手ぬるい」などの批判も根強い。それに対する、言い分は―。

 「委員会には、だれが一番悪いとかランク付けするつもりはなかった。関係者や社会がまずかったシステムを反省する機会にして、再発を防ぐには何をすればよいのか、教訓を得るのが目的だった」

 「最終報告を出す前に、緊急提言や中間報告を出して国を動かすなど、早く出すことに意味があった。例えば、原子力安全委員会の充実や規模の拡大などにもつながった、と思っている」


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