中国新聞社

2000・2・13

被曝と人間第2部臨界事故の土壌[4]        
立命館大教授 安斎 育郎

 

 

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あんざい・いくろう 東京大助手を経て、1998年から立命館大国際関係学部教授。同大国際平和ミュージアム館長も務めている。長年、原水爆禁止運動に取り組み、日本被団協の機関紙に核問題のコラムを連載したこともある。東京都出身。59歳。

    モラル低下 引き起こしたのは…

 

安全教育がなおざり

 東海村臨界事故で核分裂したウランの量は、一ミリグラムと推定されている。けし粒ほどのウランが大量の放射線を放出させ、多くの被曝(ばく)者を生みだした。原子力安全委員会の事故調査委がまとめた最終報告書は、原子力関連の技術は恩恵と悪弊をもたらす「もろ刃の剣」と指摘し、産業界に倫理の向上を求めた。

 「日本の原子力発電は総発電量の三分の一余りを占め、半世紀ほどで日常化した技術となった。関係者はそれなりの自負を築いた一方、緊張感を失った。臨界事故は、原子力産業の油断と慣れの象徴だ」

 ▽ネズミ実験で実感

 安斎氏の専門は放射線防護学。原子力利用について「人間の命の尊厳が損なわれるという点で核兵器と同じだ」と説き、一貫して批判的な立場をとってきた。

 「学生時代、ネズミに大量の放射線を浴びせ、死ぬまでの過程を観察する実習があり、放射線が生命を奪う怖さを実感した。放射線は目に見えないから、意識的にとらえようとしない限り、恐怖を忘れてしまう。今の関係者はその努力を怠っているのではないか」

 ▽現場で初めて学ぶ

 事故現場の転換試験棟で作業していたジェー・シー・オー(JCO)の社員たちは、核物質特有の現象である「臨界」についての知識をほとんど持たず、高濃縮ウランを扱った。法令違反の作業手順書も作られていた。相次ぐ事故やトラブルと相まって、原子力産業全体のモラルハザード(倫理観の欠如)が関係者から指摘されている。

 「原子力産業は、高度な知識と技術を持った技術者に加え、日常の安全管理を支える良質な労働力が大量に必要だ。一大産業として急成長したが、下支えする労働力の育成が追いついていないのではないか。義務教育で放射線のイロハも勉強しないまま就職し、現場の作業を通じて学ぶのが現状だ。労働者の命は、会社の安全管理いかんにかかっているわけだ」

 「チェルノブイリ原発事故後、原子力は大学生に敬遠されている。私が一期生だった東京大工学部原子力工学科は、原子力の看板を下ろして『システム量子工学科』に再編された。そんな状況では人材が育たず、今ある原発もいずれ安全運転できなくなるのではないか。国は技術者育成を大学任せにせず、専門の養成機関をつくるべきだ」

 「労働者側にも問題がある。労働に伴う安全に関し、主体的に知ろうとする意識が欠落していた。労働組合は一体何をしてきたのか。企業と組合の健全な緊張関係がないことも、事故の背景になった。安全をなおざりに効率を求め、組合を弱体化させた日本の産業全体の危うさを感じる」

 ▽被爆の教訓生きず

 日本は、広島と長崎への原爆投下、そしてビキニ被災で放射線・放射能の恐怖を身をもって体験した。原水爆禁止運動に積極的にかかわってきた安斎氏は、惨事から徹底的に教訓をくみ尽くすことが安全学の基本だ、と強調する。

 「原爆被爆やビキニは軍事利用の被害で、平和利用では死者なんか出ない、と線引きしてきた。だが、現に死者が出た。原子力教育に、被爆者たちの体験は生かされていなかったということだ」

 「原発がある以上、好まなくても、核と付き合わねばならない。すべての人が学ぶ義務教育で、放射線や放射能の基本的知識を、危険性も含めて教える必要がある」


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