中国新聞社

2000・5・25

被曝と人間 第5部 放射線 人知の壁
〔2〕医療尽くしても

密着専門医に無力感

  ●DNA損傷 再生力奪う

 「これ以上何ができたのかを考えると、今できる最大限の治療は できたと思う」。放射線医学総合研究所(放医研、千葉市稲毛区) の明石真言放射線障害診療・情報室長(45)は、東海村臨界事故で大 量の放射線を浴び、死亡した大内久さん=当時(35)=と篠原理人さ ん=当時(40)=の治療を自らそう評価する。

 ■初めての手法使う

 その言葉通り、造血機能低下に対して被曝(ばく)医療では初め ての手法を使うなど、医師団は最大限可能な治療を尽くした。

 しかし、突き当たった壁は一つだけではなかった。例えば、やけ どに似た放射線による皮膚の障害。全身の七〇%近い皮膚にダメー ジを受けた篠原さんには、皮膚移植が行われた。

 一定の成果を挙げたが、その後、医師団の不安が現実のものにな った。「皮膚がカチカチに硬くなり、よろいを着たようだった」と 東京大医学部付属病院の前川和彦教授(59)は振り返る。一部の筋肉 を含め、ほぼ全身の皮膚が硬化した。そのすさまじさは「あのよう な状態で生きていけるのか疑問に思うほどだった」という。それ は、篠原さんの生への執念だったのかもしれない。

 篠原さんをはるかに上回る放射線を浴びた大内さんの皮膚の状態 は、もっとひどかった。表皮が失われ、その下にある真皮が露出し てしまい、体液が流出するようになった。放射線が、表皮をつくる もとになる基底細胞を傷付けたため表皮をつくれなくなり、全身状 態も悪くなった。

 満足な治療ができなかったのは皮膚だけではない。放射線の影響 を受けやすい胃や腸の粘膜も皮膚と同様に脱落してしまい、毛細血 管からジワジワ出血した。だが、止めようがなく、致死的になっ た、という。

 広島大原爆放射能医学研究所(原医研)の宮川清教授(42)は、東 京大付属病院の医師との情報交換を基に「胃腸の粘膜細胞をいかに 再生、治ゆさせるか。これをクリアしない限り、大量被ばく者の救 命にはつながらない」と、今後の再生医学の進展に期待をかける。

 細胞の持つ再生能力を生かして、組織や臓器をつくろうとするのが再生医学だが、「通常は遺伝子のDNA(デオキシリボ核酸)損傷を想定していない。しかし、放射線はDNAを傷付けた。今の再生医学を放射線の急性障害治療にはそのまま当てはめられない」と宮川教授は指摘する。

 ■50人で24時間態勢

 前川教授も「消化管や皮膚、骨髄、肺などに障害の出る大量被ばく者への再生医学は、人間を構築し直すのに近い。本当にできるのか。倫理的、社会的な問題も出てくる」と悲観的だ。

 大内さんは事故後八十三日目に死亡した。二十四時間態勢で治療に当たった医師は、入院先の東京大付属病院の救急部や皮膚科など各科の専門医に加え、他の大学病院の救急医や、やけどの専門医など総勢五十人近くに上った。

 ■事故の重大さ表す

 「振り返ると、どこにも満足するものがなかった。考えられる限り、ありとあらゆる手を尽くした。しかし、専門家の英知を集めてもうまくいかなかった。それだけに無力感が残る」。前川教授が感じているのは医療の限界だ。「現代の医学をもってしても、できるのはこんなものだと分かった」

 東海村臨界事故は、最先端の治療を施しても人命を救うことができないほどの事態だったことを物語っている。


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