中国新聞社

2000・7・4

被曝と人間 第6部 提言 臨界事故に学ぶ
〔3〕

緊急治療ネット 広島が軸に

 起きるはずがない―。原子力関係者が、そう思い込んでいた臨界事故が昨年九月三十日、茨城県東海村で現実のものになってしまった。大量の放射線を浴びた作業員二人の命は、最新の医療が尽くされたにもかかわらず、救えなかった。

 「原子力事故は絶対に起きない」から、「もし起きたら、どうするのか」―。臨界事故をきっかけに、原子力防災の発想転換が求められている。広島でも事故後、「万一」に備えて、医療・研究機関が連携を深めようとする動きが出た。

 狙いは、臨界事故のように放射線を大量に浴びた患者が出た場合、広島でも迅速に治療できる体制を整えるためだ。「その日」に備え、広島大原爆放射能医学研究所(原医研、広島市南区)や放射線影響研究所(放影研、南区)、地域の拠点病院などが今、相互協力を模索している。

 海外の核被害者救済を目的にした連携組織は既にある。原医研や放影研などが中心の放射線被曝(ばく)者医療国際協力推進協議会(HICARE)だ。発足十年目を迎えて、活動は定着している。

 ■「東海村」は想定外

 だが、東海村臨界事故のような国内での原子力事故は、広島にと っても想定外だった。事故直後の現地への医療支援団派遣などはH ICAREには初の経験で、相互連携や迅速な対応に課題を残し た。今回の動きは、その反省も含めて、緊急治療をメーンにしてい る。いわば国内版HICAREのイメージである。この動きが本格 化すれば、広島市や県の行政支援も必要になるだろう。

 放射線は、血液を造っている骨髄や消化管の粘膜、皮膚など多く の臓器や人体組織などを傷つける。特に大量に被ばくした急性障害 の患者には、さまざまな分野で高度な治療のできる医療施設が不可 欠だ。

 しかし、高度で総合的な治療のできる医療施設は限られており、 全国的に体制を整える必要がある。日本には今、商業用の原発が十 六カ所、五十一基あり、広島周辺だけでも島根、愛媛両県に合わせ て五基ある。

 ■3年前研究会結成

 もともと広島には、大量被ばくした患者の治療を担う素地があっ た。放射線事故がもし起きたら、どんな対応・治療するかを考える ため、全国各地の医師らが三年前の一九九七年に設立した「放射線 事故医療研究会」に放影研の医師らも参加。研究会は毎年一回、 「フォーラム」を持ち回りで開いており、昨年夏は広島市で開かれ た。

 臨界事故が発生するまでは、こうした研究会の必要性を疑問視す る声も外部にはあったが、広島では万一のときの医療に対する関心 や重要性の認識は高かった。

 研究会結成の中心メンバーだった原子力安全委員会の青木芳朗委 員は「広島は原爆被爆者の治療や放射線研究の蓄積があり、放医研 をはじめとする全国規模のネットワークの拠点の一つになってもら いたい」と期待する。

 ■「被爆地の使命だ」

 原医研や放影研の医師らも「被ばく者救援に努めるのは、被爆地 広島の使命」と力を込める。臨界事故で見え始めた、広島の果たす べき新たな役割だ。


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