放射線影響研究所(広島市南区、放影研)の疫学部の研究室。デスク二台がやっと入る部屋で、若手研究員の
一人である坂田律さん(39)は黙々と外国の論文に目を通していた。昨年四月、研究パートナーシップを結ぶ
久留米大バイオ統計センターから移ってきた。「はっきりした目的があり、注目されている研究。やりがいがあ
ります」と言い切る。
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放影研の研究員の平均年齢は四八・七歳。現在四十六人いる研究職員のうち二十代は一人しかいない。三十代
もわずか六人。中核をなす層のほとんどが五十歳以上で、後継者不足は深刻だ。
「公募を出しても難しい状況」と人事担当者は頭を抱える。「この分野の研究に興味のある人が少ない。さら
に、疫学調査中心というだけでは、研究者にとって魅力が足りないのかもしれない」
人員削減も続いている。国は一昨年の予算内示で二〇〇六年度から四年間、毎年六人を削減するよう求めてき
た。今後は勧奨退職も視野に入れる。研究体制を維持するため、人員削減の対象はおのずと一般職員となってく
る。十年間で約五十人減らされ、現在は二百三人になった。
「十四年前に入って以降、所属の部署で五、六人が退職したが、人員の補充はありません」。放影研労働組合
の空美佐江書記長(48)はため息をつく。研究員をサポートする一般職員の大学新卒の採用は、五年前を最後
にない。労組の今中正明委員長は「研究員が何でもしなければならない日本の研究機関とは違い、スタッフのサ
ポートが手厚い米国式の研究所の魅力が失われてしまう」。サポート体制の弱体化は、放影研の機能自体を揺る
がしかねない。
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投資や人員配置の現状から、「国は放射線医学研究の中心を千葉市の放射線医学総合研究所に置いているので
はないか」との見方をする専門家もいる。
こうした逆風の中、研究員を確保する打開策として打ち出されたのが研究パートナーシップだ。久留米大のほ
か、米国ワシントン大と提携を結ぶ。第一号の派遣研究員となった坂田さんへの期待は高く、さらに、ワシント
ン大の研究者六人と放影研の研究者による共同研究も今年、具体化しそうだという。
だが、研究所の将来構想が定まらない中、共同研究などの動きも単なる対症療法で終わってしまうのではとの
懸念も根強い。「国の考え方が見えない。将来構想をどう描いていくのか。これが根本的な問題」と今中委員長
は指摘する。
被爆者の高齢化と減少にともない「有限の事業」ともいわれる放影研の研究。原発事故の被災者など国内外の
被曝(ひばく)者の調査や治療に範囲を広げ、蓄積された貴重なデータをもっとオープンに活用すべきだとの意
見もある。
これまでの研究成果を人類のために生かせるのか―。マンパワーを維持していくという側面からも、放影研は
岐路に立っている。(鴻池尚)
【写真説明】パソコンに向かいデータ解析に取り組む坂田研究員。数少ない若手研究員の一人だ
    
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