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2002/02/02
小泉改革と景気の行方 広島商工会議所会頭・池内浩一氏に聞く

「改革なくして」に疑問

 小泉内閣発足以来9カ月。ひたすら唱えられてきたのが「構造改革なくして景気回復なし」のスローガンだ。ところが景気は一向によくならないどころか、さらに悪化しているとあって改革への疑問もくすぶる。「改革の痛み」を最も受けやすい中小企業の団体である広島商工会議所の池内浩一会頭(日本商工会議所常議員、中国地方・広島県の各商工会議所連合会会頭)はここにきて、小泉内閣が描く景気回復のシナリオをどうとらえているのか。ずばり語ってもらった。(編集委員室長・目光紀)

 ▽シナリオ…企業の体力、既に消耗 特殊法人整理を急ぐな

 ―十二月の失業率は5・6%と四カ月連続で最悪を更新し、景気の下降がより鮮明になっています。シナリオ通りいってないということでしょうか。

 われわれは構造改革を否定するものじゃあない。理論的にはやるべきだろう。だが、ここまで不況が長引くと、大企業、中小企業問わず体力は相当消耗している。構造改革ができても立ちあがる気力も体力もなくなったら、何のための構造改革かということにはなるでしょうな。

 ―改革の手法が間違っているのでしょうか。

 そりゃあ、不良債権は処理せにゃいかん、特殊法人がたくさんあっていいのか、と言われれば、その限りではだれも反対はしないだろう。だからといって、不良債権処理、特殊法人整理をこの時期に大がかりにやったら、どうなるのか。みな先は見えないのではないか。

 ―要するに景気対策と構造改革を分けて考えよ、ということですか。

 こちらは日商(日本商工会議所)として当初から申し上げておる。「中小企業は懸命にやっているのに構造改革で息切れするようでは困る。だからその対策も並行して必ずやってくださいよ」と。だが一向にそれに耳を貸していただけなかったのか、財政がなかなか回らなかったのか、そこは分からないが。

 ―その点になると小泉純一郎首相は「構造改革なくして…」の繰り返しですね。裏返せば改革はこれからだから、景気が回復しないのは当たり前、ともなりますが。

 確かに特殊法人にしても動きはあった。だが結論はまだ出ていない。道路公団廃止も二、三年かけて委員会かなんかで検討しようということで、テンポは落ちている。慎重にやることは悪いことではないが、「聖域なき」という掛け声と実態は違うなという感じではある。

 ―逆に特殊法人の整理が具体的に動き出せば、言われるように景気にはマイナスでしょう。

 だから、こういう不況の時に特殊法人をどんどんやめるのがいいのかどうか、私は疑問を持っている。例えば住宅金融公庫だ。住宅産業は雇用を維持するうえで波及効果は大きい。その意味では住宅ローンは民間金融機関に任せばいいというのではなく、景気回復にめどのつくまであっていいのではないか。

 ▽リストラ…優勝劣敗の結果危ぐ 重くなる経営者の責任

 ―骨太の方針を説明する昨年七月の政府広報で竹中平蔵経済財政担当相が、日本が目指すのはハイリスク・ハイリターンの社会と言っています。違和感を持つ人も多いのでは。

 その点が強調されすぎた面もあるだろう。ただ、そういう考え方も構造改革の柱だから、まったく否定するわけにはいかない。長期的にはそういう中でちゃんとやれるような姿に持っていくことも必要だ。そういう風に進めるとすれば、今までのやり方をがらっと変えないといけない。

 ―確かに、その社会でまず頑張った人がしっかり報われる仕組みが大事、失敗した人の受け皿も必要とも言ってますが、その後の景気悪化で、どうも説得力がなくなってきた感じです。

 これは私の個人的な偏見があるかもしれないが、そのために優勝劣敗でばたばたといって雇用力がなくなったら、残ったところだってうまくいかんのではないか。優勝劣敗の理論からすれば、邪道ではないかと言われるかもしれないが、私は今は雇用を維持することを大前提にすべきだと思う。もちろん構造改革、競争原理も織り込まなければいけないが。

 ―「痛み」とか「ハイリスク・ハイリターン」といったムードづくりが、リストラをしやすい環境につながっていないでしょうか。

 何事にも例外はあるが、これでリストラが自分の都合で自由にやれるんだ、という経営者の方はまずいないと思う。それなりに知恵を絞って懸命に努力してますよ。ただ非常に難しいところだが、リストラ、失業、解雇はよくないとは言いながら、百人雇用していたらつぶれるが、会社が生き残って八十人の雇用が守れればいい、という考え方はあるだろう。そこが経営者の責任と判断だろう。

 ―小泉内閣と労使でワークシェアリングの研究がスタートしました。どうみますか。

 専門家ではないが、労働時間を減らしたほど労働コストは減らないのではないかと思う。賃金だけでなく社会保険などの企業負担をどうするのか、そうしたシステムも見直さなければいけなくなる。企業の社会的責任として、雇用をキープするため一時的にはそういう方法もあるだろうが、企業の競争力も絡む。長期的には難しいのではないだろうか。

 ▽政策課題…今は雇用優先の時期 財政の運用は弾力的に

 ―改革は始まったばかりとはいえ、景気がこう悪くなるとは予想されていなかったはずですが。

 小泉首相がどういう風に思っていたかは分からないが、彼の思っていたことと実態が違うのなら、スタッフとか助言者というものを見なおす必要があるのではないか。言われてその通りやってうまくいってないとすれば、そういうことも含めて考え方の修正もいるんじゃないかという気がする。

 ―具体的に小泉内閣に何を望みますか。

 やはり、雇用を維持するという観点を第一に施策を組み立ててもらいたい。失業した人のセーフティーネットも結構だが、頑張っている人を落ちる寸前で救う施策がいるんじゃないか。それではいつまでも変な体制が残る、という批判もあるだろうが…。何をどうすればいいとも言えないが、今は理論的に「えいやっ」とやればいい状況にはないことだけは確かだ。

 ―緊急対策はどうあるべきですか。結局財政出動でしょうか。新規国債発行の「三十兆円以下」の「公約」をどう考えますか。

 有効な手だてとなると正直難しいとは思う。だが財政再建の必要は認めるにしても、ここは財政を弾力的に運用してもらうしかないのではないか。公共事業も地方が切り捨てられるようでは困る。必要なものを精査してやるべきものはやるように知恵を絞ってもらいたい。

 ―グローバリゼーションへの対応の必要も各所で言及されてますね。

 産業の海外流出による空洞化とそれに伴う雇用の喪失、これがひたひたと押し寄せている。いくら構造改革と言っても、そこを踏まえた対策を講じてもらわないと効果はない。中国が繊維製品といった段階から進んで今はIT(情報技術)。世界が総先進国になって、どことも競争しなければ生き残れない時代になっている。

 そうなるとやはり技術力を高めること。それを国策として長期的にやっていくべきだ。今回の補正予算では中小企業対策とか技術開発が盛りこまれている。われわれの主張にかなり目が向いてきたなという気がする。新年度予算でも、その方向を継続してもらいたいものだ。

 ―中小企業の声を代弁すべき経済団体として役割をどう果たしますか。

 すべてに解決策が見いだされるものではなく、非常に難しいが、今まで以上に会員の実情をよく収集し、国の税制や補助といったものにつなぐお手伝いをしなければいけない。長期的には技術革新をどう進めるかだろう。産学官の連携といった仕組み作りは今以上に力を入れたい。


 ▼ハイリスク・ハイリターン社会

 小泉構造改革は日本人の人間観も変える? ハイリスク・ハイリターンの社会で果敢に挑戦する経済人がどうやら期待される人間像らしい。一時は個人金融資産を株式など「リスクマネー」に誘導する論拠にもなっていたが、その後の相場下落で声がしぼんだ。政府広報で竹中平蔵経済財政担当相はこう語っている。

 「世界はマーケットと技術という二つのフロンティアがどんど開けている。日本がそこで本来の力を発揮できるよう、それを阻害している仕組みを解体する必要がある。フロンティアの社会はハイリスク・ハイリターンの社会。頑張った人がしっかり報われる仕組みとともに、失敗した人も出るのでその受け皿も必要だ。ハイリスク・ハイリターンを阻む規制や制度は改める必要がある」(要約、2001年7月8日付中国新聞朝刊)


 ▽政策論争 もっと活発に

 今年四月のペイオフ(預金の払戻保証額に一定の上限を設ける制度)解禁が迫り、ある中小金融機関の役員がつぶやいた。「小泉さんは言い出したらやる。日本がひっくり返ってもやるだろう。何もこんな時にやることはなかろうに、と思いますがねえ」

 ペイオフは昨年四月に実施が一年先送りされ、その後誕生した小泉首相は予定通りの実施を明言している。もはやあきらめに近い悲鳴とも言える。だが不良債権処理という構造改革の矢面にた立つ金融業界としては、表立って口にはできない。

 「構造改革なくして景気回復(成長)なし」「二兎(と)を追うものは一兎も得ず」。そんな小泉首相の歯切れのよい発言の前に、自民党の「抵抗勢力」をはじめ企業経営者もはっきりものが言えない状況が続いている。

 構造改革が進めば日本経済は再び成長軌道に乗るというが、その前に体力を消耗してしまうのではないか―というのが大方の疑問だろう。池内会頭もその点に強い危ぐを表明している。だが「二兎を追う」有効な政策となると示しきれないのが実情だ。

 経済政策が現実に適合したかどうかは未来を待つしかない。あくまで仮説。「失われた十年」という政策失敗もある。今なお予想しない現実が次々と生まれる状況だけに、政策論争はもっと活発になるべきだろう。

「グローバル化への対応を踏まえない構造改革は効果がない」と話す池内会頭

 


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