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2002/05/30
企業活動とメセナ 林原社長・林原健氏に聞く

小さくても目は世界

 岡山市の地場企業・林原。がんなどの治療に使われるインターフェロンの大量生産法を開発した世界的なバイオテクノロジー企業であると同時に、芸術・文化の支援活動でも知られる。第1回メセナ大賞を受賞し、最近はモンゴル・ゴビ砂漠での恐竜化石の発掘調査も手掛ける。実像が分かりにくいと言われる同社。林原健社長(60)に、地方の中小企業が先端産業とメセナにかける狙いを聞いた。(編集委員・宮田俊範)

 ▽地場企業の意義・・・地元雇用が地域支える

 ―グループにはホテルや倉庫、製紙会社などもあり、どうも実態が分かりにくいですね。

 父親の代に大きくなって、今の倍ぐらいの会社数があった。本業と関係ないものは整理してきたんですが、はたから見ると、どういうグループなのか、分かりにくいでしょうね。本業は、食品、医薬品の研究開発がメーンです。

 今後は、本業と関係ないものは独立させ、株式公開する。一昨年末に岡山製紙を店頭公開したが、今年も一社準備していて毎年一つずつやりたいと思っている。そこで地場の優秀な人材をできるだけ採用したい。

 ―でも、社員の採用は公募していません。
モンゴルのゴビ砂漠で恐竜の化石を発掘する調査隊のメンバー(林原提供)

 公募すると、全国から研究者などが集まり、地元の人材が入れなくなる。だから、地元大学の先生に頼み、社員の99・9%は地元から採用している。もし、うちがなければ、優秀な人材が県外に流出してしまう。

 ―全国から地域に優秀な人材を集めることも、地元貢献では。

 そこまでして大きくはしたくないし、雇用を増やさないと、地元の発展もありませんから。研究には、世界から優秀な人材を高い給料で集めた方がいいのかもしれませんが、うちは大企業と競合しない分野を手掛けていて、トップの人材でなくてもこなせる。けれど、こなした後は、その分野では第一人者になれる。それが、うちの人材育成のやり方です。

 ―視線は常に地元に向いてますね。

 岡山でお世話になって約百二十年。もっと地域が良くなってほしいと思っている。地元に残った人は自信がなくて、東京に出て行った人が一番、自分は二番だと思う意識が非常に強い。それを変えなくちゃいけない。そういうところが積もり積もって、地方における過疎問題ができているのじゃないのでしょうか。

 東京の岡山県人会なんか、山ほどいます。東京でこんなに県人会が大きいことは、ちっとも自慢じゃない。過疎化の最たる証しですよ。

 ―地域の発展には、雇用の場の創出が欠かせないわけですね。

 会社が大きくなれば、その土地の優秀な人材を吸収できる。それが町の発展を支える。だから、地域を良くしようと思えば、いい人が残れる企業集積が必要だ。ただ単に大きな工場がよそから来て雇用したのでは駄目。小さくてもいいから、質では大企業に勝てる内容じゃないと、いい人材は地元にとどまりません。

 ▽支援の取り組み・・・慈善でなく仕事の一部

 ―美術館や備前刀の技術継承、国際的な学術フォーラム開催など支援の幅が広いですね。

 基本的には備前刀のように、地元に密着したものをやっている。フォーラムの場合は、国が資金を出さなくて困っているのなら岡山で開いて下さいよ、という条件で地元に引っ張っている。

 ―そのフォーラムは世界的にも注目されています。

 毎回、世界トップクラスの学者が集まる。その一番手が、一九八七年に世界で初めて開いたヒトゲノムのフォーラム。当時、東京大教授だった和田昭允・ゲノム科学総合研究センター所長が、遺伝子の解析は大変だから世界で手分けしてやろうと発案された。ゲノム解析装置まで発明して国に掛け合ったけどだめで、結局、うちに話が来た。

 その時、米セレーラ・ジェノミクス社の人も来ていて、設計図を持ち帰って日本の企業に数十台発注し、一気にやって成功した。日本としては今から思うと、残念でもありましたね。

 ―モンゴル・ゴビ砂漠では、恐竜化石の発掘調査を続けています。その狙いは何でしょう。

 うちの事業は微生物などの生物学が出発点で、生物の進化を調べることは、いわば本業の一部でもあるんですよ。二〇〇九年度には岡山駅前の自社所有地の再開発を予定しており、自然科学博物館を設けて展示する。今は岡山を通過している観光客の誘致にもつなげたい。

 恐竜にかける費用も、みなさんが想像しているより少なくて済んでいる。現地では一人雇っても、一カ月で千円ぐらいで済んでいますから。

 ―それでも、この不況下です。メセナに取り組むことに、反対の声はないのですか。

 みなさん勘違いしてもらっては困るが、メセナは慈善事業とは違う。必ず企業にプラス、メセナの側にもプラスじゃないといけない。なまじ慈善事業だと思うから、景気が悪くなると真っ先にやめてしまうんですよ。

 うちでは、一般社員と恐竜の骨を組み立てている社員が一緒に昼を食べながら話し、そこから新しい発想が出てくる。互いに違う世界だから、頭が柔軟になりますよね。それは会社にとっても、金に換えられないぐらい貴重な財産だ。それと名前が知られたおかげで、営業担当者が取引先に行けば、大企業とも対等に扱ってもらえる。

 ―広告宣伝効果も高いわけですね。

 われわれ中小企業は基本的に大企業よりあらゆる面で劣っている。それをどうカバーするか考えたら、メセナは仕事の一部と思うことが必要。うまく戦力の一つとして活用すればいいんです。

 ▽研究開発・・・息の長さ同族ならでは

 ―がんなどの治療に使われる生理活性物質の一種、インターフェロンの生産は何がきっかけだったのでしょう。

 もともと水あめの会社で、微生物などで食品、食材を作っていた延長線。微生物がヒトの細胞に変わっただけだ。インターフェロンは、最初から狙っていたわけじゃない。大企業は遺伝子組み換えで生産しているが、うちは違う方法でやろうとして、ハムスターの体を借りてヒト細胞を効率よく増やす増殖法が見つかった。それが「林原法」だ。先に生産システムができたんです。

 ―医薬品は欧米の製薬会社が市場を握っており、地方の企業が手掛けるのは厳しいのでは。

 それが違うんですよ。最近、世界の製薬メーカーは合併してさらに大きくなってますが、だからといって、そこの研究者が金をかけて研究できているかというと、そうはならない。なぜなら、大企業は上場していて、株主を納得させられる研究しかできない。変なことをしてたら、株主訴訟を起こされますからね。開発期間で三―四年ぐらいのものしか手をつけられない。それが大企業の悩みなんです。

 ―逆に中小企業ならではの優位性もあるわけですね。

 うちのような同族経営のメリットが、息の長い研究開発です。十年かかる研究はいっぱいあるし、それに製造販売は大企業に任せれば、彼らが敵に回ることもない。共存共栄で世界中がお得意さんだ。インターフェロンに続くインターロイキンでは、世界トップの英グラクソ・スミスクライン社が買いに来た。彼らも「株主の問題で十年かかるようなことはできないんだ」と言ってました。

 ―販売まで手掛けないと、利益もあまり見込めないのでは。

 つい日本人は販売まで手掛けたがるから、最後は駄目になる。本来、研究開発とマネジメントは異質で、二つを併せ持った経営者はいない。だから、新事業をやるなら違う才能の人を迎えて優遇するしかない。ソニーもホンダも違う才能の人が一緒にいたから、あそこまでなれたんです。

 ―肝心の研究テーマは、どうやって決めているのでしょうか。

 トップが考えないと駄目。だって研究者は研究以外の経験がないから、みんなが何を望み、必要としているのか分からない。つい横並びのテーマを選びがちだ。うちの研究テーマは、すべて私の名前で下に伝えている。でないと研究者に結果責任がかかりますからね。結果責任は、社長がかぶればいいんです。


 ▼会社概要とメセナ

 1883(明治16)年、水あめ製造の林原商店として創業。現在は林原を核に、林原生物化学研究所、岡山製紙、京都センチュリーホテル、昭和倉庫、三星食品など20社で林原グループを形成する。社員数は計1500人。2001年のグループ売上高は813億7800万円。

 1952年に林原共済会を設立して福祉・慈善団体への援助活動をスタート。62年にがん研究推進のため林原賞を設け、64年には約1万点収蔵の林原美術館を開設した。85年から国際的な学術振興を狙いにした林原フォーラムを開催。91年、企業メセナ協議会(東京)から第1回メセナ大賞を受賞した。

 93年からはモンゴル・ゴビ砂漠で恐竜化石の発掘調査を続け、その化石は今年9月、松下電器産業が東京に開館するデジタル博物館にも展示される。このほかに、備前刀の技術継承や備中漆の復興事業、類人猿の研究なども手掛けている。


 ▽「地方」「中小」を逆手

 企業メセナがブームになるバブル景気前から、撤退が相次ぐ今日まで、林原は変わらずメセナに取り組み、日本企業の先導的な役割を務めている。ヒトゲノムのフォーラムのように、地方にあっても世界に発信できることを証明してみせた。

 その根源となっているのが、地方と中小企業という二つのキーワード。本業でも、普通ならマイナスにしか働かないところだが、それを逆手に取って経営し、むしろ欧米の大企業とも対等に渡り合っている。

 一方で、国は産業の国際競争力の強化や都市機能の再生を目指し、小さな会社や田舎への対策は後回しに経済施策を進めているようにみえる。不良債権処理でも、金融庁の金融検査マニュアルでは大企業と中小企業に一律の物差しを当て、関係者から批判が相次いだ。

 林原社長が語るように、地方や中小企業には、必ずそれぞれ特有の利点があるはず。それを見つけて伸ばしてやり、一つの戦力として活用することが、これからの地域や企業の再生につながることを示唆している。

「メセナを慈善事業と思うから、景気が悪くなると真っ先にやめてしまう」と語る林原社長

 


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