「みずほ」教訓に万全期す
日本企業でコンピューターシステムのトラブルが相次いでいる。今年4月に起きたみずほフィナンシャルグループのシステム障害は、あらためてリスク管理の重要性を金融機関などに認識させた。全国の地方銀行で初めて福岡銀行(福岡市)とのシステム共同化を決めた広島銀行(広島市中区)。来年1月の稼働開始を前に、宇田誠会長(67)に共同化の狙いやリスクへの備えを聞いた。(編集委員・宮田俊範)
▽地銀初の共同化…新サービス・コスト減対応
―福岡銀とのシステム共同化は、今年四月の英国エコノミスト誌で日本の銀行の成功例として取り上げられましたね。
正直、驚いた。米国でも、システム投資削減のための新しい手法だ、と評価してもらっている。ただ、手放しでは喜べない。本当に喜べるのは半年後、無事に新システムへ移行してからですよ。
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新システムのスタートに向けて、ソフトづくりを進める広島銀や福岡銀などの担当者(広島市西区の広島銀ゲネシスビル) |
―きっかけは何だったのでしょうか。
一九九九年四月に福岡銀から一緒に共同開発しないか、とアプローチがあった。当時、私が副会長を務めていた地方銀行協会でも共同化を検討していたが、話がなかなかまとまらず、開発期間もまだ五年以上かかるという見通しだった。それで急いで協議し、四カ月で基本合意にこぎつけた。
―なぜ、そんなに急いだのですか。
どの銀行にも共通する問題意識があったからだ。顧客ニーズが変化し、現金自動預払機(ATM)の二十四時間稼働や確定拠出年金(日本版401k)など次々に新サービスが求められているのに、古いシステムでは容量も足りず、対応できない。しかも、システム関連経費はうちの場合で毎年百億円かかるうえ、単独で新システムをやると、さらに年三十億円以上も必要。体力的に耐えられなかった。
―そもそもコンピューターの種類が違い、難しかったのでは。
うちは日立製作所、福岡銀は日本IBMだから、どちらかが捨てなきゃいけない。システムはその銀行が長年培ってきた企業文化でもあり、難しい判断だった。結局、福岡銀側に合わせたが、その前にどちらの機能がいいか、どんなメリットがあるかなど、外部の研究機関に冷静な検証を依頼した。そして結論が出たからには、一気にやるしかないと思った。
―共同化をきっかけに、将来の合併は考えていないのですか。
システム的に言えば、両行の看板を書き換えるだけで一緒になれる。でも、それを実際に検討しているかというと、それはない。なぜなら、地銀はその地域で生まれ育ち、取引先などの市場スタイルも違う。離れた地域にあって、歴史も文化も違う地銀同士が一つになるのは大変なこと。労力をかける割に成果は上がりませんよ。
▽稼働開始への対応…トップ同士の信頼関係カギ
―新システムの稼働にあたって、みずほのような障害が起きる心配はありませんか。
そんなことがないよう、新システムに移行するまでに、すべての取引先の仕様に合わせて十数回テストする。実際に顧客が持ち込む大量の口座振替のデータを試したり、万一、ATMに障害が起きた時のために模擬訓練もやる。
みずほのケースは、同じ業界にあるものとして大変残念だ。ちょうど、われわれが共同化を決めたのと同じ時期から準備していただけに、人ごとではない。絶対トラブルを出さないよう、言い方は悪いが、みずほを教訓に万全を期したい。
―みずほの場合、どこに問題点があったのでしょう。
振り込みなど大量の事務処理が集中する年度初めに経営とシステムの統合を同時にやったことが、直接的な引き金でしょうね。われわれから見ると、事前に外部の専門家のかかわりが少なかった点が気になる。うちでは第三者である外資系のコンサルタント会社を入れて作業を順次チェックしてもらっている。慎重のうえにも慎重に進めていますから。
―金融庁の業務改善命令では、経営陣のシステムリスクに対する認識不足が根本原因にあったと指摘されています。
システム統合はあくまで銀行側の都合によるものだから、お客様に絶対迷惑をかけてはいけない。だから、もしトラブルが想定されたら、トップは思い切って先に延ばすような慎重な判断が必要だ。そうした判断を下す情報がなぜ上に届かなかったか不思議。組織的な問題と言えるでしょうね。うちは経営の最重要課題に位置付けていて、これまで経営会議で二十回以上、担当者から細かく報告を受けている。
―トップがどれだけ深く関与するかが、成否を分けるわけですね。
双方の担当者レベルから積み上げていったのでは、労力ばかりかかる。最悪の場合は途中でやめた、となってやり直さないといけなくなり、時間が足らなくなる。われわれの共同化の最大の特徴は、トップダウンにありですよ。トップ同士の強い信頼関係が、成功の原点だと思います。
▽リスク管理社会…事前負担で混乱を回避
―コンピューターシステムは金融機関にとどまらず、広く企業活動に欠かせない存在になっていますね。
製造でも小売りでも、今はかなりの部分を依存している。暮らしの中にも、どっぷりと入り込んでいる。携帯電話などのようにシステムがダウンすると、広範囲に支障をきたすケースも増えている。銀行の顧客も大半はATMだけで用が済む。日本の銀行はコンピューターにおんぶにだっこ。今や装置産業だ。しかも、振り込みなど世界に類を見ない複雑なシステムが求められる。だから常に正常に稼働できるよう、リスクに備えないといけない。
―昨年三月には芸予地震が起きました。危機管理も重要です。
幸い、うちのシステムには影響がなくて良かった。阪神大震災の時に停電で営業が一日止まった神戸支店を見舞ったが、仮に本体がダウンした場合に、代わるべきバックアップセンターをつくる必要を痛切に感じた。それが、福岡銀との共同化に踏み切った背景でもあります。
―銀行のシステムダウンは影響が大きいですからね。
銀行は地域経済の血液を循環させている。その機能が途絶えたら、地域活動もまひする。昨年九月に米中枢同時テロが起きたが、ああなっても絶え間無く動いているような仕組みにしておかないと、大変な社会的混乱を招く。そのためには事前に相当な負担をしておく必要がある。そこまでお金をかけなくてもいいじゃないか、という意見もあるが、それではもう許されない時代だ。
―システムリスクにとどまらず、信用リスクへの備えも必要な時代になりましたね。
その通り。インターネットの普及で情報の伝わり方が格段に早くなり、風評リスクも怖い。うちもかつて、あるゼネコンの件でその問題にさらされた。うわさと放置せず、早くインターネットなどで情報開示しないと、企業はつぶれてしまう。
昔の銀行はリスク管理という概念に乏しく、とにかくリスクは避けて通るものだった。それでは革新的なこともできない。今はある程度はリスクを背負いつつ、それをいかに極小化できるか。その工夫が大切だ。
▼システム共同化
広島銀行と福岡銀行が全国の地銀で初めて一九九九年八月に基本合意。福岡銀は今年一月、広島銀は来年一月四日から新システムに移行する。高度な金融商品開発への対応やATMの二十四時間稼働などの新サービスも可能になる。広島銀のゲネシスビル(広島市西区)を共同センター、福岡銀本店をサブセンターとして災害時のバックアップ機能も持たせる。
両行の提携をきっかけに、中国地方でも鳥取銀行(鳥取市)が昨年五月に泉州銀行(大阪府岸和田市)と共同システムを稼働させ、山陰合同銀行(松江市)が肥後銀行(熊本市)とみちのく銀行(青森市)の三行で、もみじフィナンシャルグループの広島総合銀行(中区)とせとうち銀行(呉市)もそれぞれ共同化を計画している。
▼最近のシステム障害
第一勧業、富士、日本興業の大手三行が今年四月一日にみずほ銀行とみずほコーポレート銀行に統合再編した直後に発生。ATMの一部機能が停止し、公共料金の引き落とし漏れ二百五十万件、二重引き落とし六万件などが起きた。電力会社などへの入金通知の遅れも五月初めまで続いた。金融庁は今月十九日にシステム障害では初めて業務改善命令を出し、みずほグループも同日、全役員百十七人の処分を発表した。
また、UFJ銀行では今年一月、システムが誤作動して約十八万件の二重引き落としが発生。五月には、全国の郵便局のATMで提携先の民間金融機関のカードが五時間以上、使用不能になり、全日空でも航空券の発券などができないトラブルが起きている。
▽情報伝達 存亡を左右
金融機関にとってコンピューターシステムは、最も重い投資。大手行で一千億円単位、地方銀行でも数百億円規模という。広島銀行と福岡銀行による共同化のアイデアは、合併でなくても大幅にコストダウンできることを全国に示し、追随する銀行が相次いだ。
ただ、銀行のシステムは金融サービスの多様化につれて、年々肥大化している。そのため、ひとたびシステム障害を起こすと、それだけ影響も大きくなる。
みずほグループが起こしたシステム障害は、電力、ガス会社などや市民生活に損害を与えただけでなく、銀行自身も信用を失墜させる事態となった。金融庁は、顧客の方に顔を向けて経営してこなかった旧経営陣の体質を厳しく指摘している。
宇田会長が語るように、組織はトップにどれだけ素早く正確な情報を伝えられるか、そしてトップはいかにリーダーシップを発揮できるかが問われる。都合の悪い情報がトップに上がらなければ、企業が存亡のふちに立たされる怖さを、みずほグループのケースは教えている。(宮田)
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