創意と責任で自己改革
国立大学法人法案の審議が大詰めにある。今国会で成立すると来年四月には、八十九の各国立大は国の行政組織から離れて「第二の開学」を迫られる。これまでにない発想と実践で、社会や時代の要請に応えうる教育・研究組織になっていくのか―。国立大始まって以来の「改革」とされる法人化について、学生一万六千人、教職員三千百人を率いる広島大の牟田泰三学長(66)に、率直な考えと胸に抱く展望を尋ねた。
(編集委員・西本雅実)
■世界に誇る研究目指す 卒業生の実力保証する教育
―衆院文部科学委員会で法案賛成の立場から陳述されました。真意は。
法人化が現実に対処し、かつ将来に発展していく最良の選択肢と思うからです。現実を直視すれば世界的に競争が広がり、あらゆる組織が打ち勝つ体制をつくろうとしている。今までのようなぬるま湯で過ごしていては力を失う。大学自身の創意と責任で変えていくために法人化を選択するということです。
▽民営とは違う
―国から独立した法人組織となっても、文部科学大臣が定める六年間の中期目標を基に中期計画を作り、認可を受けます。法案賛成は「文科省のコントロールを認めるもの」との批判が学内から出ています。
法人化は民営化ではありません。高等教育に国の政策を反映させる仕組みはあっていいし、応える責任がある。小泉首相は(国立大も)民営化をやりたくてしょうがないが、法案が国立大存続のよりどころになっていると僕は判断しています。どこの学長も言いにくいから言葉をにごしておられますけれど。
―文科省の第三者機関が目標の達成度を評価し、その結果で予算配分が決まる仕組みは。
評価は人間がすることですから、ある程度の主観はあるでしょう。しかし、教育・研究分野は、大学評価・学位授与機構がした評価を文科省が受け取ると聞いています。機構の現状をみる限り、しかるべき専門家が厳正、公平に行っているのは間違いない。
法人化は大学行政の方針転換です。一つの学科をつくるのに枝葉末節で突っつかれ、何年もかかっていた。そうした事前の審査で縛るより、各大学の取り組みの結果をみますよということです。
―では、法人化で広島大はどんな大学を目指していくのですか。
世界トップレベルの特色ある総合研究大学です。評議会(現在の学内の最高議決機関)で、ここ十年から二十年を見据えた到達目標と決めました。前身の高等師範や、文理科大からの伝統ある教育を前提として、研究面を強めるという考えです。ただ、世間の見方は逆なんですね。
―と、いいますと。
論文数、科学研究費、特許取得は全国上位一けたの実績なのに…(ある全国紙が発刊する「大学ランキング」を取り出して)このアンケートを見ると、企業の役員が採用したい大学で本学は四十四位、高校の先生からは十九位。この落差はなぜなのか。広島大のユニバーシティー・アイデンティティー(大学像)をはっきりさせ、特徴を発信しなければ。
―具体的には、どんな手だてを。
卒業生の実力を保証できるよう、各学部で毎年、到達目標を定め全体の成績をみる。カリキュラムの改善につなげる。来年度から本格的に実施します。これを続け、送り出す学生が世間からも十位内に評価されるよう努めていきます。受験生でいえば一般入試とは別に、AO(面接主体の入試)や推薦、社会人、帰国子女と複雑化している選抜方法の統合を検討しています。受験生とじっくり話し合い、合否を判断するプロセスをとる。そのためのプロを養成し、早い段階で実施していきたい。
▽戦略に独自性
―研究面の強化と、大学像の明確化はどう結びつけていかれますか。
広島大と聞けば「あれですね」とイメージできるようにする。芽はある。原爆放射線医科学研究所は世界の放射線医療の拠点です。二十一世紀COE(学術振興会が選考し、文科省が年間一〜五億円の予算を重点配分する研究)に入った半導体のナノデバイス研究や、高等教育の開発研究は世界でも数少ない。
そうした特色ある研究拠点を少なくとも五つ擁して全体をかさ上げし、広島大の「あれ」のイメージを増やす戦略を練っています。来年に開設を計画しているロースクール(法曹家養成の法科大学院)も、企業法などに詳しい人材を育成する特色を打ち出したい。
―人文系、理工・医学系も同じ年間五十二万八百円の現行の授業料は、どうなるのでしょう。
授業料は大学の収入になるといっても、自由に値上げはできません。省令で決まるからです。学部間の格差は、つけない方向で国立大学協会で議論しています。
―企業などからの研究費獲得に直結しない分野の教育・研究がしわ寄せを受けるとの声には。
短絡的な見方と言いたい。法人化で確かに経営の問題は出てきます。同時にトップレベルを目指す大学として、古典文学も法哲学も、僕の専門の理論物理学もそうですが、地味でも人類の文化をつくり出す分野に目配りし、伸ばすことは大事です。その意味で、学長の見識と責任がますます問われてきます。
▽産官とも連携
―地域との関係は。
大学が地元に根付いていないと、到達目標は机上の空論になってしまう。大学の使命は教育と研究、社会貢献。地域の要請に応じる研究を今、どんどん推進しています。社会人への公開講座は、将来的にはJR広島駅近くにスペースを持ち、広げていきたい。地域、産学官の連携がしっかりしてこそトップレベルは生まれます。法人化を第一ステップに、広島大の大発展を成し遂げたいと思っています。
成否が地域の将来を左右
法人化後の国立大がどうなるのか。学外は、各大学の名前ほどには内実に関心を寄せているとは言い難い。学生の八割が私立大で学んでいる現状も手伝う。そもそも国立大は「象牙の塔」との代名詞が消えないように、実社会と遊離した世界がいまだにある。
しかし、法人化は教職員が国家公務員でなくなるという学内の利害にとどまらない。私立大を交えた競争とその結果いかんでは、国立大といえども取り残されていく。大学数が圧倒的に少ない中四国地方にとっては、各国立大の浮沈は若年人口の定着、良質な高等教育、基礎・先端研究、産業振興を左右する。
法人化で、広島大は学長と、学長が指名する副学長七人の理事らでつくる役員会が大学の進路を決める。大きな権限を持つ。来年四月一日からの「国立大法人広島大」をはじめ、この地方の国立大がどこへ向かうのか。運営者や構成員の見識と手腕を問い、刺激するのは地域で身近にみる私たち納税者である。
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