自主財源に応じ業務見直し
地方自治が分権改革の波に揺れている。約二百兆円の借金を抱える地方財政を見直し、国から地方への税源移譲と補助金削減、交付税簡素化を目指す「三位一体」改革の論議が具体化。一方で、市町村の枠組みを変える「平成の大合併」が二〇〇五年三月の合併特例法期限切れに照準を合わせて進み、都道府県合併や道州制などの議論も始まった。「国のかたち」にもかかわるこうした改革は将来、どんな姿の自治を目指しているのか―。総務省で地方行政などを担当する久保信保大臣官房審議官(51)に聞いた。
(編集委員・小野浩二)
■住民参加と負担が原則 「自治」の枠組みも再編
―「三位一体」改革など、地方の財政基盤を見直す動きが本格化してきました。長期的に、どういう方向を目指しているのでしょう。
わが国の地方行政は、歳出の方はある程度、自ら治める「自治」になっている。しかし、歳入は補助金などでがんじがらめに縛られ、「自治」にはほど遠い。地方は国頼みで、陳情や要望に終始している。本来は自治体が「こういう仕事をしたい。そのためにこれだけ負担してほしい」と住民に求めるべきだ。そうした方向への改革が動き始めたということだ。
《地方分権の動き》 |
2000・ 4・ 1 |
地方分権一括法が施行 |
02・ 5・21 |
片山虎之助総務相が、国と地方の税収を5対5にする「片山試案」を発表 |
6・ 7 |
小泉純一郎首相が税源移譲と補助金、交付税を「三位一体」で見直すよう経済財政諮問会議で指示 |
11・ 1 |
地方制度調査会の西尾勝副会長が、小規模町村の権限縮小を盛り込んだ「西尾私案」を発表 |
03・ 2・25 |
全国町村会が「西尾試案」への対案として「市町村連合」などを提案 |
6・ 6 |
地方分権改革推進会議が、「三位一体」改革の意見書を小泉首相に提出 |
6・18 |
小泉首相が06年度までに補助金4兆円を削減し、その約8割を地方へ税源移譲するよう指示 |
―六月末の経済財政諮問会議(議長・小泉純一郎首相)で、三年以内に約四兆円の税源を国から地方に移譲する方針が決まりました。
片山虎之助総務相が昨春、国と地方の税収を現状の六対四から五対五にするため、五兆五千億円の税源を国から地方に移す内容の試案を発表。小泉首相の決断で「三位一体」改革が動きだした。経済財政諮問会議でいろんな議論があったが、今年六月、約四兆円という数値目標をやっと盛り込むことができた。
―しかし、約四兆円では、総務省の当初目標の五対五は実現しません。
政府としてはまだ五対五という目標を決めたわけではない。「まずは四兆円」ということだと理解している。しかも、どの補助金を削減し、どの税源を地方に移すかという具体作業はこれから。年末の予算編成と税制改正を通じて議論されるだろう。
―地方と国の歳出は六対四なのに、総務省が五対五を掲げる理由は何ですか。
確かに、できれば将来は六対四まで持ってゆくのがベストだ。しかし、国が地方への税源移譲を決めたこと自体、画期的だということも理解してほしい。一方で、地方は今は税源移譲を求めることで一致しているが、単純に税源だけを移したら東京都の一人勝ち。全国的に大変な議論が起きる懸念がある。
―人口や企業の少ない町村は税源が移譲されても多くの税収は期待できず、補助金削減で歳入が激減するとの懸念が広がっています。
国が補助金で縛って全国一律にやらせている業務を減らし、地方の実情を反映できる自主財源を拡大しようというのが改革の方向性だ。ただ、今の交付税のように、地方の税収を再配分する仕組みは必要だろう。
▽米国型の視点
―そうは言っても、歳入が減る町村は業務を縮小するしかないのでは。地方制度調査会(諸井虔会長)では市町村合併に絡んで、小規模自治体の権限縮小論が議論されています。
明治、昭和の合併は小中学校の維持などを名目に解消すべき人口の数値目標があったが、今回の合併はそれがない。あくまで憲法が保障する「自治の本旨」に基づく自主的合併だ。戦後、大きな市については政令市や中核市、特例市など権限に格差を付けた。今、議論されているのは、小さな町村についても、そうした格差を付けるかどうかという問題だ。
―何種類もの格差のある市町村をつくることが、自治の枠組み改革が目指す方向なのですか。
他国を見ると、大別して三つの型がある。一つは市町村合併は進めないが、特殊法人などで業務を補完している「フランス・イタリア型」。逆に強制合併などで町村を減らし、どの自治体にもほぼ同じ権限を与えているのが「北欧・英国型」。さらに、自治体規模と自前の税収に応じた業務をしている「米国型」がある。日本は本来は「北欧・英国型」に近いが、最近「米国型」の視点も加わってきたとも言える。
▽道州制にらむ
―行政効率の悪い小規模町村は、合併するか、業務を縮小するしかないということですか。
行政効率だけで判断すれば、自治体は全国一律に人口三十万人規模にすれば最適というのは統計上、明らかだ。しかし、自主性を無視した強制合併は「憲法違反」の懸念がある。国としては、合併特例法の期限切れ後も新法を作り市町村合併を推進する方針。権限縮小については、まだ議論が分かれている。
―地方制度調査会では都道府県合併や道州制の議論も始まりました。
都道府県合併は手続き整備など具体論に入ったが、道州制はテーブルに乗っただけで先の話。片山総務相が言うように、地方制度改革は「永遠の課題」だ。
―分権改革は、どこへ向かうのでしょうか。
国の人口が減少へ向かう大きな転換期を迎え、まずはその影響が顕著な市町村の改革論が始まった。いずれ都道府県合併や道州制を経て、国の在り方を問い直す議論が起こるだろう。分権一括法が国と地方の関係を「対等」と位置付けたのを機に、各地で自治の将来像を探る動きが活発化することを期待している。
「人口30万人が最適」に注目
わが国の憲法は第九二条で「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて法律でこれを定める」と規定している。つまり、自治の枠組みや財政運営は、地方が自主的に決めるべきだというのが「本旨」。国が強制的に地方に制度を押し付けるのは「憲法違反」の懸念があるという。
しかし、当面の市町村合併が「半強制的」といわれるように、現実の改革は国がアメとムチを用意して、一定の方向に誘導するケースが少なくない。分権論の方向性が分かりにくいのは、「効率化・合理化」の現実論が十分オープンにされないのが一因だろう。
その中で「自治体は全国一律に人口三十万人規模が最適」という久保審議官の指摘は注目に値する。現段階ではあくまで机上の論だが、いずれ「国の形」の選択肢として注目される時期がくるかもしれない。
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