依存症 芽を摘む指導を
飲酒運転は、痛ましい事故を引き起こす。運転手を大勢抱える企業にとって、どう防ぐかは危機管理の大切なテーマだ。一昨年八月、JRバス関東(東京)は、アルコール依存症の運転手による高速バスの飲酒運転事件に揺れ、山村陽一会長(当時)が引責辞任した。そんな苦い経験を踏まえ、企業の担当者に社員教育の再点検を訴え続けている山村氏に、対策のポイントを聞いた。
(東京支社・長田浩昌)
勤務に目配り 兆候把握 被害者の痛み知る教育も必要
―事件は東名高速道路で発生しました。一報をどう受け止めましたか。
「まさか」と、「やってしまったか」という気持ちが半々だった。その一年ほど前に、きょうだい会社のJR東海バスが中央道で酒気帯び事故を起こしたため、アルコール検知器を導入するなど、対策は講じていたつもりだった。
ただ、同じような不祥事を起こすとすれば、依存症の運転手ではないか、とも思っていた。理性でコントロールできず、会社が懸命に対策を考えても、かいくぐってしまう懸念があるからだ。
―不安が現実になってしまったのですね。
検知器は、結果を自己申告する仕組みだった。記録上、この運転手も当日申告している。乗務前の点呼でも担当者としっかり会話し、酒のにおいはさせていなかった。
だが、現実に事件が起きてしまった。ペットボトルのお茶を半分捨てて焼酎を混ぜ、停留所に止まるたびに運転席で飲んでいた。飲まずにはいられないという、依存症による発作だったと推定している。
勉強不足を痛感
―運転手は当時三十二歳の若さでした。
まず、依存症になる年齢じゃないのに、と疑問を抱いた。日本酒なら一日に三合も四合も、それも二十年くらい飲み続けなければ依存症にはならない、と認識していたからだ。
事故後、アルコール問題に取り組む特定非営利活動法人(NPO法人)「ASK(アスク)」から再発防止を求める申し入れを受けた。訪ねて意見を聞き、講習も受け、焼酎やウイスキーなど強い酒を十代からよく飲んでいれば、二十代でも依存症になることを理解した。
実は、国鉄時代から飲酒運転の事故防止にかかわる部署で長く勤務しており、依存症の知識には自信を持っていたのだが…。いかに、勉強不足で無知だったかを思い知らされた。
―運転手の依存症に周囲は気が付かなかったのでしょうか。
この運転手は、事件の六年前に中途採用された。当初は酒のにおいをさせ、同僚に注意されたこともあったようだ。ただ、同僚は「それでは運転できないだろう。午後出てこい。その前におれが乗っていくから」とかばい、会社には報告しなかった。
体調を理由に勤務を代わることはある。一回助けられれば、病気や冠婚葬祭などで、逆に代わる「貸し借り」関係ができる。仲間に助けられる格好で、彼は依存症を悪化させていった。その後、充血をとる目薬や口臭消しを使うようになり、注意されることも減ったらしい。
同僚の好意禁物
―どうすれば従業員の飲酒運転を防げますか。
トラックやバスの運転手はプロ。飲酒運転がいけない、とは百も承知だが、酒が切れるとかえって手が震えるから隠してでも飲む。それが依存症の恐ろしさだ。
検知器や点呼を厳正にするだけでは万全ではない。社員の飲酒行動をよく把握し、依存症は、医療に結びつけないと同じような事件が再発する。勤務の変更や遅刻が多い人、高血圧の症状や肝臓疾患があるのに酒量が多い人には気を配り、生活指導を含めた社員管理に努める。酒のにおいをさせて運転の職場に出てくる人は、もう依存症に近い。好意でもカバーすることは本人のためにならないと、現場を教育する必要がある。
依存症という「敵」を知る。そして、NPO法人のアスクや、飲酒運転事故による被害者の支援団体など外部の「味方」と交流し、社内だけで対策を完結させないほうがいい。
―依存症に限らず、ドライバーの自覚が求められます。
飲酒運転の怖さをきちっと教えなけらばならない。法律や道徳論ではなく、大切な人を奪われた人の悲しみを聞く機会の設定など、感性に訴える社員教育をしてほしい。
減らぬ摘発 悲劇防止へ奔走
「飲酒運転の追放はライフワーク。少しでも役立ちたい」。この決意を支えるのは、不祥事をくい止められなかった悔しさにほかならない。
会長職を辞した山村氏は、医療、教育関係者らでつくるアルコール関連問題の予防研究会に参加。事故で子どもを失った母親たちが、飲酒運転の撲滅を目指して活動するNPO法人「MADD Japan」(本部・千葉県鎌ケ谷市)の理事にも就いた。
二月には、企業の安全運転管理者らを対象に東京都内で開かれたシンポジウムで講演。国鉄、JR時代から職務で手がけてきた安全管理に、いまはボランティアの立場で熱意をもって向き合う。
飲酒運転による死亡事故は、厳罰化の効果もあってこの十年間で半減した。それでも酒酔い、酒気帯び運転の昨年の摘発件数は十五万件を超えている。山村さんの苦い経験に基づく助言と行動が、ドライバーや企業意識を高め、悲劇が少しでも食い止められればと願う。
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