多様な子育てに懐広く
少子高齢化に歯止めが掛からないニッポン。二〇〇六年を境として、いまだかつて経験したことがない人口減少社会が到来するといわれる。その一方で、年金・医療・介護の社会保障に対する信頼も、大きく揺らいでいる。間近に迫る「右肩下がり」の社会に、私たちはどう備えればいいのか。国立社会保障・人口問題研究所副所長の島崎謙治さんに聞いた。
(編集委員・山内雅弥)
「男女で分担」変えよう 社会保障の未来像、明確に
―国の人口が減少に転じるのは、前代未聞の事態です。
戦争やペストなどで一時的に人口が激減した国家はあった。しかし、出生率低下が原因となり、きわめて長期にわたり人口減少が続く社会というのは、洋の東西を問わず、歴史上もないだろう。しかも、これまでの人口構造が、そのまま縮小される形で小さくなるのではないことに留意すべきだ。
戦前から一九五五年ごろまで、日本の出生率は高く、六十五歳以上の人口比率(高齢化率)も5%前後で安定していたので、人口ピラミッドは「富士山型」だった。しかし、特に一九七〇年代半ば以降は、出生率の急減と中高年死亡率の低下によって、ピラミッドは底辺の広がりをもたない「つぼ型」に変わってきた。
予測とは違う
―二〇〇三年の合計特殊出生率の実績値(一・二九)が、将来推計人口の仮定値(一・三二)を下回り、昨年の年金論議でも問題になりました。
将来人口推計は最近のデータを将来に投影したもので、予測とは違う。〇三年の出生率が推計の中位値一・三二を下回ったのは確かだが、一・三七(高位値)―一・二七(低位値)の推計の幅には入っている。
低位推計は、女性全体の22・6%が未婚で過ごし、42%が一人も子どもを産まないという、常識から見ればかなり厳しい想定で推計している。出生率の低下に歯止めが掛からず、仮に実態が低位推計に近づいているとすれば、むしろそのことが持つ意味こそ深刻に受け止めるべきだ。
―超少子高齢化と人口減少社会が社会経済に及ぼす影響のシナリオは。
「若い時に蓄えて、老後に取り崩す」というライフサイクル仮説に従えば、高齢化の進展は資本蓄積(貯蓄率)の低下をもたらす。この十年間に国民貯蓄率が大幅に下がったのは、景気低迷のせいだけではない。
また、生産年齢人口(十五―六十四歳)は二五年ごろまでに千四百万人規模で減少し、労働力不足を招く。高齢者や女性労働力の活用が重要だ。「外国人労働力を受け入れればよい」という議論もあるが、社会的統合への影響などリスクも踏まえた覚悟と対応が必要。不安定なフリーターの雇用形態が増える中で、技術の蓄積もきちんとできなくなる。「技術革新があれば生産性が向上する」と楽観的に考えていると、選択を間違えてしまう。
かじ取り必要
―社会保障制度は維持できますか。
社会保障をジャンボジェット機に例えた人がいる。「推進力」が経済成長、「翼」が連帯意識、「パイロット」がリーダーシップだ。高齢化が進むと「機体」が重くなる。
現状でも介護給付費の約八割、医療費の約三分の一は七十五歳以上の後期高齢者が使っている。団塊の世代が後期高齢者に仲間入りする今後二十〜三十年は、社会保障制度にとって「胸突き八丁」。しかも、人口減少とりわけ生産年齢人口が減ること自体、経済成長にマイナス影響を及ぼすので、社会保障や経済運営をうまくかじ取りしていくことが求められる。
―制度改革の必要性が叫ばれています。
国民の多くも、改革しなければ維持できないと考えているのではないか。しかし、年金問題が端的に示すように、人生設計に組み込まれているから、やみくもに減らせばいいというものではない。公私の役割分担や所得再配分など社会保障全体の理念・原則とビジョンを示し、国民の将来に対する不安を解消する必要がある。
お年寄りの抱く不安の中身を考えてみると、お金の問題とともに、安心して医療や介護を受けられるかというサービスの提供体制も大きい。保健・医療・福祉の連携を強め、無駄を排除しながら、最も必要なところに提供していくことが、国民の安心につながる。経済成長や人口変動と折り合いをつけながら、世代内・世代間で痛みを分かち合うしかない。
結婚観変わる
―少子化に歯止めを掛ける有効な処方せんはありますか。
日本と同様、少子化が進んでいる韓国や南欧の共通点は、女性にしわ寄せがいっていることだ。人口学的にみれば、晩婚・晩産化が進み、結婚観・家族観が変わって結婚や出生行動が変化したのが原因。女性が仕事と子育ての両立ができないとか、若者が将来に夢を持てない―といった障壁を、まず国全体として取り除いていかなければならない。
さらに言えば、「三歳未満の子どもを保育園に預けて母親が働くこと」について、抵抗感を持つ人と持たない人が相半ばしているように、ジェンダー観が分裂している点も見逃せない。子育てに対する経済的支援も重要だが、社会や地域に根強くある男女役割分担意識を変えていかなければ、いくら政策を打ち出しても空滑りに終わる。社会全体が子育てに対する「懐の広さ・深さ」を持つことが大事だと思う。
保健・医療・福祉の連携カギ
人口減少社会の足音がひたひたと迫る中、五年ごとに発表される国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口に、国民やメディアの関心が集まっている。ほぼ毎回、出生率推計の下方修正を繰り返してきたうえに、昨年の実績値が推計値を下回ったことから、「見通しが甘い」との批判も相次いだ。
しかし、将来人口推計は「予測」とは違い、あくまでその時点でのデータを投影した「延長線」にすぎない。島崎さんが指摘するように、「最悪シナリオ」に近づきつつある現実は、日本人の伝統的な結婚観・家族観が、音を立てて変わりつつあることを端的に物語っている。
とはいえ、人口減少社会は経済成長の鈍化をもたらし、暮らしを下支えしてきた社会保障制度の見直しも避けられない。未曽有の少子高齢化が、社会保障という「安心の仕組み」を揺るがせ、それがまた、人口減少に拍車を掛ける―という負の連鎖が懸念される。
長年、過疎・高齢化にさらされてきた中国地方は、人口減少社会の先進地ともいえる。島崎さんは、手厚い地域医療・福祉システムで知られる広島県御調町や尾道市を例に、保健・医療・福祉の連携を組み込んだまちづくりができるかどうかが、将来を左右するカギになるとみる。地域の力量が試されているのだ。
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