中国新聞社

(45)患者の心 以前よりすっと伝わる

2002/3/17

 てくてく川沿いを歩いて、朝の繁華街を抜けると職場だ。一雨降って、土の香りがパーッと広がる。道すがら、思いきり吸っては吐く。体の中に、自然の栄養素がすみずみまで入っていくような気がする。

 仕事を少しずつ始めて半年。いよいよ春から完全復帰したいと思い、主治医に相談した。「暴走する不良患者じゃけんのー。がん患者の標本として、箱に入れて五年ぐらいそっとしときたいくらいなのに」とブレーキを掛けられた。でも、「マネジメント業務を中心にしながら、訪問も少し…」と話を進める。

 以前、同じ卵巣がんの人から電話が掛かってきたことがある。「いつごろから働いたらいいんでしょうか」という相談だった。「先生にお聞きになりましたか?どう、言われましたか?」と、逆に聞いてみた。「早くから働きなさいって。まだ働いてないのって言われたんです」

 仕事を持っているがん患者は、たくさんいる。自分の体と相談しながら、生活を改善したり、仕事を少なくしたり、いろいろ工夫を重ねている。

 「先生は、どうも私を標本にしたいみたいよ」と入院仲間に話すと、「私はお手本にしたいけど」と返されて、二人で大笑いした。先生が心配してくれるのはよく分かる。でも、家でじっとしていることの方が、私にとってはストレス。職場でごそごそすることで、身体がだんだん慣れてくるし、仲間に頼りにされ、それがエネルギーにもなる。

 がん患者さんへの訪問を再開した。前と違って、患者さんの気持ちがスーッと伝わってくる。「こうしたら、気持ちがいいのではないか、楽なのではないか」「いまはそっとしておこう」など、お話を聞きながら、読み取れることが多くなった。今まで、何を見て、何をしていたのだろうかと恥ずかしくさえ思う。

 医師も看護師も、一度病気になってみれば、患者の心が分かるという。その人の立場に立つということはとても難しい。私のようなおしゃべりな看護師が病気になって、内と外の両側から医療をみて、患者の気持ちを医療者にうまく伝えていくこと。それは、とても大切なことなのかもしれない。

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