■産卵ルポ■
山口湾で一夜 「泡」に熱く
「窮屈そうに」。そんな印象を受けた。山口市の山口湾で7月15日、カブトガニの産卵を見た。湾の大半はコンクリート岸壁。波打ち際にたまった、幅数メートルのわずかな砂場が、生を託した場所だった。
「いたっ」。午前8時15分、目印となる産卵泡を見つけた。円を描くように美しい泡が何度も海面に広がる。満ち潮で、水深は約80センチ。2日前までの雨で、濁りはあるが、確かにつがいの影が水底に揺らぐ。約500メートル南でもう一カ所、産卵泡を確認した。
甲の長さ約30センチの雌の後ろに、少し小柄な雄がしがみつく。産卵のため砂を掘る時、砂中の空気が水面に上がるのが産卵泡。水位が下がるとともに、つがいの動きがより鮮明に見えてくる。
産卵は6〜8月、大潮の日を中心に見られる。満ち潮に乗り、雌雄一体で砂浜に近づき、引き潮の力を借り離れていく。
前日の14日夜、山口カブトガニ研究懇話会代表の高校教諭原田直宏さん(51)=山口県山陽町=の定点観測に同行。下関市の王喜海岸で産卵泡を探し、観察方法の指南も受けた。
暗闇の中、懐中電灯を海面に照らしながら海岸線数百メートルを何度も往復する。原田さんが指さした先にようやく産卵泡。泡は移動し、産卵場を変える様子が分かる。素人目には、打ちつける波の泡と区別がつきにくい。
潮が引き始め、つがいの姿も見え始めた。撮影チャンスが近づく。が、産卵を終えたのか、雌雄一体のまま沖へ。逃げ足は想像以上に速かった。
産卵は夜と思っていたが、「昼も大丈夫」と言う原田さんの激励に、海の濁りが少ないと予想した山口湾に移動。周防大橋下で夜を明かした。それだけに、山口湾で確認できた時、熱いものがこみ上げてきた。
「最初に見た時、感動でしばらく身動きがとれなかった」。1992年夏の経験を語る原田さんの話が思い浮かんだ。
気がいい「夫婦」なのか3時間余りの観察に付き合ってくれた。つがいは約50メートル移動し、数カ所に産卵した後、引き潮に乗り去っていった。
瞬く間に時間が過ぎた。水中カメラを構え、写真に収めたカメラマンは海から上がった瞬間、一言漏らした。「すごい」。太古から続く神秘のベールに包まれた生の営み。何度見ても不思議な感覚に陥りそうだった。
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