中国新聞
2003.9.22

「恵み育てる」
   模索続く
 「里海 いま・みらい」  3.資源回復



サワラ復活へ カタクチイワシ 計画推進

 


サワラの主な回遊ルート 地図サムネール「サワラの主な回遊ルート」
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上=中間育成したサワラの稚魚を放流する岡山県の日生町漁協組合員(6月27日、日生町大多府島沖) 下=岡山県沖で捕獲され、受精卵放流のため採卵されるサワラ

サワラ復活へ  岡山県日生

放流や藻場再生 率先
「漁業者の努力」軌道

 「魚島」―。群れをなして回遊するサワラ。海が盛り上がって見えるほどの大群が押し寄せた時代もあった。岡山県東部の日生町沖合の播磨灘は、瀬戸内海を代表する漁場。産卵などで外洋から入ってくる春、大小14の島からなる日生諸島は「もう一つ島が増える」と沸きたった。

 「とれなくなったと嘆いてはおられん。育てんと」。サワラの激減に直面する日生町漁協の組合員は口をそろえる。春漁がほぼ終わった6月末、大多府島沖のいけすから中間育成した稚魚約1万7800匹を放流した。一帯には藻場が広がる。

 放流は昨年に続いて2回目。2002年度に始まった国の水産資源回復計画の一環でもある。今年は瀬戸内海の6府県9カ所で放流。春、秋の休漁、流し網の網目の大きさを統一するなど広域的に取り組む。

 いけすに入れた稚魚は当初、体長3、4センチだったが、放流するまでのわずか15日間で12、3センチに。成長が早い分、大食いで、えさを切らすと共食いする。中間育成が難しい魚種で、交代でえさを与え続けた。

 いけすでの稚魚の歩留まりは80%。昨年の72%を上回った。岡山県水産試験場業務部の古村振一さん(37)は「漁業者の努力の結果」と評価。サワラ復活への思いの熱さを感じる、と言う。

 瀬戸内海での漁獲量がピークを迎えたのは1986年。県全体(535トン)、日生(186トン)でも過去最高を記録したが、99年には県内100分の1以下の5トン、日生で4トンに落ち込んだ。高級魚だけに漁業収入への影響は大きい。

 「20世紀のつけが、すべて回ってきたんだろう」と、組合長の本田和士さん(67)。魚網や漁船の性能向上によるとり過ぎとの反省はある。埋め立てや海砂採取などによる漁場環境の悪化や、えさになるカタクチイワシ、イカナゴの減少、汚れた水の流入などの外的要因も原因とみている。「人の営みが生態系に大きな打撃を与えた」

 日生町漁協は早くから自主的な資源管理を実践。96年から漁網の目を大きくし、98年から秋漁を禁止した。翌年には独自に受精卵放流に乗り出した。

 「海の恵みだけに依存していたらだめ」。この半世紀で激減した藻場の再生にも取り組む。始めて19年になるが、藻場再生は一進一退を繰り返す。

 県も腰を上げ、日生周辺の海洋牧場整備計画(2002〜09年度)を進める。16ヘクタールの藻場づくりを目指し、底質改善の効果を試すためカキ殻をまいた。じかまきや種を植えたマットを沈める方法など海域に適した方法を探っている。

 日生のサワラ漁獲量は昨年、15・6トンまで回復した。「自然の力は大きい。一度失ったらなかなか戻らない。だからこそ、これまで携わってきた自分たちが、海を次世代につなげる道筋をつけたい」と本田さん。陸の里山のように、人が適切に手を入れて水産資源を増やしていく里海づくりを通じ、サワラ王国の復活を目指している。

食文化守り 次世代へ  赤木 啓治さん (65)
サワラ料理を岡山名物にするキャンペーンに取り組む岡山商工会議所観光委員長


「赤木啓治」  幼いころから、みそ漬け、塩焼きは当たり前。すしやしゃぶしゃぶ、刺し身、たたき…。こんな多彩な食べ方をするのは岡山だけだ。八代将軍徳川吉宗の時代には既に、名産品としての記述が見られる。
 岡山の食文化を観光振興に生かす取り組みに、今年から本格的に乗り出した。阪神タイガースの星野仙一監督が初代「サワラ大使」を引き受けてくれた。飲食店が新しい料理の開発を進めるなど協力も広がっている。
 岡山県は消費量が日本一。全国から市場に入る。だが、瀬戸内海の漁獲量は大幅に減っている。開発やとり過ぎが原因と聞いている。海の資源の大切さを見直すいい機会。漁業者も瀬戸内海全体で資源を回復しようと努力している。観光振興が目標だが、家庭や地域に根付いた食文化を守り、育てることが、豊かな海の回復にもつながればと思う。

 


瀬戸内海のカタクチイワシの漁獲量 グラフサムネール「瀬戸内海のカタクチイワシの漁獲量」
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ちりめんを作るため、シラスをまんべんなく広げる従業員(9月11日、広島県音戸町の加工場)

カタクチイワシ

行政と連携 操業規制も

 カタクチイワシは瀬戸内海漁業の主役。全魚種の年間総漁獲量(養殖を除く)のほぼ4分の1を占め、トップの座にある。特に、広島県では約六割と飛び抜けている。しかし、ここ20年で漁獲量は大幅に減少。詳しい原因は分からず、沿岸府県では操業日数を制限する動きもある。

 広島県音戸町の煮干し加工場。漁船から水揚げした体長3センチほどの小さなカタクチイワシ(シラス)の洗浄、かまゆで、乾燥作業が進む。約3時間後、県特産の「音戸ちりめん」が出来上がった。

 「今日もおればいいがなあ、という思いで船を出すんですわ」。町内に唯一残る網元で、5代続く加工・販売会社の社長川口了一さん(51)の心配は尽きない。

 県内での漁獲量は1988年の2万3800トンをピークに減少。98年には4分の1近くに落ち込んだ。近年は1万トン台に回復したが、一部業者は転廃業した。先行きが不透明な中、経営を安定させるため、川口さんは広島、呉市内に直売店を出した。

 瀬戸内海でとれるカタクチイワシを大別すると、宮崎、高知県沖で産卵して回遊し、豊後水道や紀伊水道から入ってくる群れと、内海生まれの2種類とされる。しかし、その比率や親魚の越冬、産卵場所は分かっていない。

 人間の口に入るだけでなく、海の食物連鎖を底辺で支える。広島、愛媛、香川県では行政と漁業者が連携し、操業日数の制限などに取り組んでいる。

 
 
計画推進
生態解明が鍵

 スタートから2年目を迎えた水産庁の資源回復計画。瀬戸内海では、サワラに続き、周防灘(山口、福岡、大分県)の小型底引き網漁が次期対象になる見通しで、具体的な魚種選定への地元との調整が進む。カタクチイワシやトラフグについても今後の対応を検討している。

 資源回復計画は、種苗と中間育成、放流などの栽培漁業▽漁期制限や魚網の網目拡大など資源管理▽藻場や干潟など漁場環境の保全と再生―を主な柱に据え、漁業者や行政が連携した総合的な資源回復を目指す。

 水産庁瀬戸内海漁業調整事務所によると、サワラが第一号になった背景には、資源管理について沿岸府県や漁業者による広域的協議が計画策定以前から進み、各漁協などが自主的に放流や漁期の制限に取り組んでいたため、シフトしやすかったという経緯がある。

 カタクチイワシは、他の魚のえさになるなど、生態系の根底を支えるため、資源としての拡大を求める声もある。しかし、年によって漁獲量の変動が大きく、気象や環境などの条件を含め、具体的な再生産のメカニズムも分かっていない。

 さらに、捕食されやすく、放流や漁獲量の抑制をすれば必ず増えるとの確証もなく、計画には向かないとの意見もある。まだ漁業者が納得するだけの根拠が少ない。

 広島県水産試験場の横内昭一さん(36)は、計画に基づく広域的な取り組みに期待するが、「まず変動のメカニズムや回遊範囲など生態を解明する必要がある。そうしないと効果的な手は打てない」とクギを刺す。

 資源回復計画は、複数の都道府県にまたがる場合は国、1都道府県の範囲にとどまる場合は各都道府県が計画を作成する。単県では大分県が来年、アサリを計画しているだけ。単県でも漁業者との調整は難航が予想され、「回遊魚などで広域的に取り組むのはさらに難しい」と担当者は口をそろえる。

 同調整事務所の平松大介資源管理計画官(38)は「漁業者が納得できる将来ビジョンと科学的な根拠を示せるかが鍵を握る。漁獲量が減少傾向を続ける中、協議、合意形成の上、資源回復が急がれる魚種、取り組める部分から始めたい」としている。