中国新聞
2003.10.20

断たれた循環
   回復探る
 「里海 いま・みらい」  7.森・川・海



放流アユが育たない 下流に栄養届ける方策を
草の根活動 住民連携


 


地図「太田川」
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アユの成長具合を調査するため、建網を張る太田川上流漁協の組合員(7日、広島県加計町の滝山川)
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2カ所で採取されたアユ。10―25センチと、体長の違いが目立つ

放流アユが育たない
太田川流域の異変

 「同じ川、しかも今年放流したアユなのに大きさがこんなに違う。おかしいと思うでしょう」。試験採取したアユを前に、太田川上流漁協の竹下政次組合長(49)は苦り切った表情で訴えた。

 試験採取は、成長具合を確かめるのが目的。漁協と温井ダム管理所が7日、広島県加計町の温井ダム直下の滝山川に建網を入れた。2カ所で採取した15匹の体長は10〜25センチ程度。ほぼ半数が20センチ程度で「放流後にほとんど育っていない」と漁協はみる。かつて、滝山川では30センチ程度のアユが獲(と)れていた。

 漁獲量も激減。漁協は「ダムの貯水開始(1999年秋)から、滝山川ではほとんど獲れなくなった」と主張。管理所は「水の流量は完成前より増え、水質にも問題はない」と説明する。

■好結果が出ず

 今後の対策を練るため両者は今年1月、研究者を加えた研究会を設置。川底に泥などがたまり、えさになるコケが育たないなどの指摘があったため、管理所は4月、通常1秒間に流す水量の最大30倍を試験放流した。しかし、好結果は出なかった。竹下組合長は「水量だけでなく、時期なども問題がある」とみる。

 中、下流域でもアユは不調だ。滝山川が流れ込む太田川本流では、太田川漁協管内の広島市安佐北区、安佐南区などが特に深刻だ。冷水病など、さまざまな原因があるとみられている。

 広島湾に注ぐ最下流の河口部でも異変は続く。「ウナギやワタリガニ…。昔はいくらでも獲れたのに」。汽水域で漁を続けてきた丸山清さん(85)=西区南観音=は嘆く。この十数年、市場に出すほど漁獲はない。放流したシジミも芳しくない。

 下水道整備などで流域の水質は改善が進んだとされる。確かにホタルやオヤニラミ、シマドジョウなど一度消えた生物が戻ってきた。だが、海へ下って育ち、川をそ上するアユの不漁は続く。

■絡み合う役割

 「埋め立てで、アユが育つ干潟など浅場が消えた。戻る絶対数が少ない」と元太田川漁協組合長の渡康磨さん(77)=安佐北区安佐町。海の再生には森や川の役割が大切なように「森があって、海があってこその川。再生には、海の復活が欠かせない」。里海づくりは内陸部の再生も担う。


  下流に栄養届ける方策を  上 真一 ・広島大大学院教授

「上真一」  瀬戸内海と内陸部の森、そして両者をつなぐ川は、どんな関係にあり、どのような役割を果たしているのか―。広島大大学院生物圏科学研究科の上真一教授(53)=海洋生態学=は、栄養分を作り出す森の衰え、栄養分を海に運ぶ川の環境変化は海にとって危機的だとし、ダムの弊害も指摘した。
 川や海では多様な食物連鎖がみられる。底辺を支えているのが、植物プランクトンのケイソウ類。「海の牧草」ともいわれる。その成長には山肌などから川に溶け出すケイ素という物質が必要だ。
 植物プランクトンや海藻の栄養源になる窒素やリンは、木の葉が分解してつくられる。特に、広葉樹林は鉄分と結び付く腐植物質をつくるのに重要だ。でも、開発などで森が失われたり、針葉樹林に変わったりして土壌がやせてきた。山から川へ流れ込む栄養分は減っている。
 川の環境も変わった。栄養分を含んだ上流からの水はダムでせき止められ、ダム湖の植物プランクトンが消費してしまう。さらに、ダムの直下は流量が少なく、普通の川のように石同士がぶつかりながら転がることもない。石の表面に泥や有機物が付着したままでは、アユの好物のケイソウが付かない。中、下流では、コンクリート張りの直線的な川が多い。流れに変化がなく画一的なため、生物がすみにくい環境になった。
 河口域は、砂や栄養分が干潟を経てゆっくり海に入っていく。生産力が最も高い大切な空間だが、護岸工事や埋め立てで狭まってしまった。
 家庭、工場排水の影響も大きく窒素とリンが過剰に供給されている。ケイソウ類以外の植物プランクトンが異常に殖えると食物連鎖のバランスが崩れる。
 豊かな命をはぐくむ広島湾を取り戻すには、適正な栄養分をたっぷり含んだ水が不可欠。そんな水をダムからうまく流す方法を早急に考える必要がある。

 


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参加した小学生と植樹する野村会長(左から3人目。5日、広島県芸北町の阿佐山)

芽生え、広がる草の根活動
植林や月刊誌発行

 生き物をはぐくむ豊かな水を取り戻そうと、漁業者が立ち上がり、太田川の上流域で森づくりを進めている。月刊誌を自主発行し、流域の情報を発信する市民グループもある。森、川、海を一体的にとらえ、相互のつながりを取り戻す動きが広がりつつある。

 西中国山地の阿佐山(広島県芸北町)に5日、色とりどりの大漁旗20枚がはためいた。若手漁業者らでつくる広島県漁業青年連絡協議会(野村哲夫会長)による植林活動だ。県内12漁協の呼び掛けに応えた小、中学生を含む約280人が参加。背丈80センチほどのヤマグリやミズナラの苗木900本を植えた。

 植林は「漁民の森づくり」として1996年に始め、今年で8回目。2年前、同協議会が県漁連から事業を引き継いだ。2005年までの10年間で3ヘクタールに計9000本を植える計画。森になるまで60年かかるという。

 「今、植えないと未来に豊かな海を残せない」。野村会長(38)=沖美町=が参加した子どもたちに語り掛けた。

 阿佐山では、県農林振興センター(広島市)が募集した市民や企業も10、11月に1800本を植える。こうした活動は瀬戸内海沿岸の他県でも広がっている。また、独自に間伐や植樹に取り組む市民団体もある。

 月刊誌「環・太田川」(約500部)を発行しているのは、農業ジャーナリストの篠原一郎さん(69)=安佐北区=ら。2001年5月に創刊し、川の生き物や四季、イベントなどを紹介。勉強会も開く。篠原さんは「水道の蛇口をひねる時、水源の森や川、海の存在に思いを寄せられる読者を1人でも増やしたい」と意気込む。

 


椹野川の豊かな流域づくりのための施策
サムネール
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地域づくり視野に住民連携
山口県 ―豊かな流域づくり構想

 山口県は、県央部を流れる椹野(ふしの)川を舞台にした「やまぐちの豊かな流域づくり構想」を策定。本年度から産学官や民間非営利団体(NPO)、流域住民が連携し、環境保全や地域づくりを進める試みが始まっている。

 椹野川は、中国山地から山口市、阿知須、秋穂、小郡3町を流れる二級河川。水量が減ってアユが育たず、河口近くの干潟ではアサリの漁獲量がゼロになるなど深刻な問題を抱える。

 構想では、森と川、海をはぐくみ、人がはぐくまれる共生・循環型社会づくりを目指す。清流(水質)保全▽生態系保全▽健全な水循環▽川とのかかわり▽地域産業活性化▽流域の連携を柱に据え、環境対策や地産・地消の促進、観光地づくりなど計13の事業を展開する。

 その中で、山口市は清流を守るための条例を九月に制定し、市や市民、事業者の責務を明記。食用油を分別処理し、洗剤の使用をできるだけ控えるなどの具体的な項目を盛り込んだ。上流部の同市仁保地区では、住民が2年計画で広葉樹を植樹する源流の森づくり(4ヘクタール)も進める。

 川や海の魅力を子どもたちに伝えようと県などは、同市内を流れる一の坂川での生物観察、河口の干潟での潮干狩りを企画した。下流では、干潟再生に向けた調査、研究が続く。

 民間主導で地域通貨「フシノ」を発行。流域内でのボランティア活動の対価で、道の駅などの協力店で割引を受けられる。「流域住民の交流を促進する狙いもある」と言う。

 構想は、研究者や農協、漁協、森林組合の関係者ら21人で構成する委員会で策定。委員の太田政孝・椹野川漁協参事(60)は「以前から流域全体での取り組みが必要だと思っていたが、難しいとあきらめていた」と打ち明け、官民挙げての活動の広がりを喜ぶ。

 来年度以降も事業がめじろ押しだ。住民参加型のビオトープ造成のほか、流域の歴史と文化、伝統産業などを紹介する情報マップを作り、観光振興も図る。

 「住民や市民団体などが主体にならないと、豊かな流域づくりは不可能」と事務局の山野元・県環境政策課主査(46)。流域の人材育成や地域おこしの起爆剤にする狙いもあり、これからの環境保全活動のモデルになりそうだ。