伝統受け継ぐ面白さ

フルート奏者
小泉浩さん(60)

 

 愛用のフルートを入れるケースを開くと、少しくたびれたハンカチがのぞく。二十センチ四方の真ん中に描かれるのは、広島東洋カープのマスコットキャラクター「カープ坊や」。思わず目尻が下がる。「毎日手にする大切な楽器を包むのは、このハンカチ以外に考えられない」。カープ坊やが誕生した三十年前から使う、宝物だ。
 「生まれる前からカープファン」と言う。物心ついた時には、カープを応援していた。呉市で過ごした小学生時代によく近所の人たちから耳にした「カープは貧乏じゃけえ、入場券を買うてよ」との言葉が忘れられない。「自分のお金で観戦するようになってから、市民球場では、とにかく応援グッズを買い、飲んだり食べたりする。回り巡って、選手の育成資金になると願ってね」
 ただ、球場に足を運ぶたび、座席の狭さを残念に思う。「どんなに素晴らしい音楽会でも、観客席が窮屈では、魅力は伝わらない。市民球場の見た目に気持ちいい天然芝と小気味いい機動力野球も、あの座席では集中して見続けるのは難しい」。新球場では、観客席の改善を切望する。
 日本を代表するフルート奏者だ。この約四十年間で、教え子は百五十人に達する。来る日も来る日も、自宅のレッスン室や講師を務める大学で、指導に打ち込んできた。
 「うれしいですよ。自分の音楽を後世に伝えるのは」。似たような喜びをカープにも感じる、という。「球団の伝統をきちんと受け継ぐ選手が育つ面白さ。スター選手を寄せ集める金満球団にはない楽しみ方でしょうね」と言い切る。
 教え子の演奏会で広島入りした四月下旬、たる募金に協力した。新球場に向けた、ファン獲得にも力が入る。
 作曲家の大江光さんの作品を演奏する縁で親しい、父で作家の健三郎さんには、七、八年前から、カープが勝つたびに電話で、強さを説き続けてきた。今では健三郎さんもすっかり、赤ヘルファンだ。「たる募金の話ももちろんしましたよ。日本唯一の本当の意味でのプロ球団だからこそ、地域がこれだけ支えてくれるんだってね」


【写真説明】「カープは伝統も、地域の支えもある本物のプロ球団」と語る小泉さん

こいずみ・ひろし
呉市出身。東京芸術大大学院修了後、国内や欧米の音楽祭に出演。日本ゴールドディスク大賞や中島健蔵音楽賞、レコード・アカデミー賞などを受賞している。室内楽の人気作曲家、大江光さん作品集にも参加している。福井仁愛女子短大、桐朋学園芸術短大の講師。

特集TOP | BACK | NEXT

TOP