放影研の今後の課題の一つが運営費だ。二〇〇四年度の三十七億円は、日本が二十三億円、米側が十四億円を拠出した。設立当初の日米折半の原則は崩れ、成人健康調査や二世調査については日本側が負担している。
 これは米国の財政難が原因。米エネルギー省(DOE)は昨年二月、さらに運営予算を大幅に削減すると打診してきた。〇六会計年度(〇五年十月―〇六年九月)までは現状通りの拠出で決着したものの、〇七会計年度以降の五年間について、日米両政府間で交渉が続いている。
 七〇年代に浮上した研究所施設の移転問題も、いったんは広島大工学部跡地(中区)に移る構想でまとまったが、米側の財政難で凍結状態に。解決のめどはたっていない。
 こうした状況を受け、放影研の専門評議員会は今年三月、各国の一線級の専門家による「国際ブルーリボン委員会」を設置するよう日米両政府向けに勧告した。第三者機関が研究の重要性をあらためてアピールし、移転問題も含め打開策を探ろうとのシナリオだ。放影研自身も将来構想を策定中で、六月下旬に米国で開かれる放影研理事会は、これら「研究所の将来」が焦点となる見通しだ。
 資金面とともに研究に欠かせないのが、被爆者の協力である。前身の原爆傷害調査委員会時代から「調査はするが治療はしない」と被爆者から批判を浴びてきた。日本被団協の坪井直代表委員(79)は「調査結果を隠し、利用されているだけの感が強かった」と振り返る。
 被爆二世調査で放影研を訪れ、健康診断を受けていた高校教諭の男性(52)=西区=に聞くと「調査に強制的な印象は全くない。拒否もできたし、病気もないけれど、無料なので人間ドック代わりと思って」。好意的に受け止めていた。
 九一―九四年に放影研顧問研究員を務めた広島大名誉教授の横路謙次郎氏(病理学)も「これだけ大集団の被爆者追跡調査はほかにない。今後もできないだろう」と、重要性を指摘する。
 ただ、被爆から六十年たち、研究者の被爆者医療への関心が薄まりがちなのも事実だ。放影研の研究者は現在、四十五人前後で、平均年齢は約五十歳と高まりつつある。

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