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原発事故20年 チェルノブイリに暮らす > 連載 > 見捨てられた村
見捨てられた村
「豊かな」故郷 未知の危険 食材に蓄積 ('06/4/18)

 通りをうろつく野良犬の遠ぼえで目が覚めた。顔を洗いに屋外に出て、井戸のハンドルを回してバケツで水をくみ上げる。口に含むと、やや金属くさい味がした。

 チェルノブイリ原発から五十キロ北、放射能汚染で住民の大半が疎開したベラルーシ南部のグバレービッチ村。ナージャ(72)の家に泊まり込んで、数日が過ぎていた。

 「やっと起きたのかい」。ナージャの大声が寝ぼけた頭に響く。一緒に暮らしている孫のセルゲイ(15)は、すでに隣村の学校へ登校していた。

 「今朝は、ジャガイモをサーラ(豚の脂身)でいためたよ」。ナージャは朝食の準備に忙しい。

 食料のほとんどは、この村で自給している。夏に収穫した野菜は、酢漬けにして大量に保存してある。母屋のそばの倉庫を見せてもらうと、地下室には、あふれんばかりのジャガイモがあった。

 鶏や豚も飼っている。ウサギ小屋には白地に灰色のぶちがかわいい子ウサギがいた。ペットかと聞くと、「うまいよ。食べたいか」。今にもさばいてしまいそうだったので、あわてて断った。

 その夜、近くに住むカザフスタン人の少女(16)が、ナージャを訪ねてきた。家で飼う牛から搾ったミルクを売りに来たのだ。言い値は三リットルで二千五百ルーブノン(約百四十円)だったが、ナージャは五百ルーブノン多く手渡していた。

 原発事故で大地に降った放射性物質は、野菜の根やキノコに吸い上げられ蓄積する。汚染された牧草を食べる乳牛のミルクもよくないとされる。

 ▽「人体実験場」

 食べ物を通じて被曝(ひばく)することを「内部被曝」という。日本で専門家に話を聞き、短期間の滞在ならリスクは小さくなるだろうと判断した。しかし、放射線量が小さいとは言え、長期間、内部被曝が続けば、どんな影響が出るのか、よく分かっていない。原爆が投下された広島や長崎とは被曝の状況が大きく異なり、データがないからだ。

 ベラルーシで会った研究者の多くが、未知の危険性を指摘した。「広大な汚染地域に、今なおたくさんの人が暮らしている。人類が経験したことのない人体実験場になっている」。放射線研究所のウラジミール・アゲーツ所長は、静かにそう話す。

 事故後二十年になる。だが、主な放射性物質であるセシウム137の半減期(放射線の強さが半分になるまでの期間)は約三十年とされる。長崎投下型原爆に使われたプルトニウム239になると二万四千年に及ぶ。

 ▽検査は届かず

 国も汚染食品の排除に力を入れている。汚染地域の森の産物は採取禁止。原発から五十キロ程度のホイニキ地区では、流通する全食品を検査している。しかし、避難勧告が今も出されていて人が住んでいないはずのこの村では、そうはいかない。

 村に泊まり込むことを聞いた関係者は忠告した。「あそこで採れる物は食べない方がいい」。無理な注文だ。食料を持ち込むのでは、現地の暮らしぶりを知ることはできない。

 汚染地域の取材には、役人が同行する場合が多く、やりとりに口を挟んだり、住民が本音を話しづらかったりして、迷惑極まりない。村に泊まり込んでの取材は、こうした余計な干渉を遠ざけてくれる。

 翌日の明け方、トイレに何度も駆け込んだ。もちろん、放射能汚染が原因ではない。殺菌していないミルクに腹を下したのだろう。満天の星明かりが「豊かな」村を照らしていた。<敬称略>(滝川裕樹、写真も)

【写真説明】夏に収穫して、倉庫の地下室に貯蔵された大量のじゃがいもを見せるセルゲイ


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