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たゆまず歩む 地域とともに 中国新聞

「いいお産 考」

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 第3部 ママになるには

6.命を伝える
− 自宅・授業で「現場」体験 −

きずなの連鎖 肌で感じて


  正面から若者向き合う

 二〇〇六年九月二十九日、小学六年だった中川晃一君(12)は、陣痛に息を切らす母明子さん(38)の手を、ぎゅっと握り続けた。「ママにパワーを送るけえね」。尋常ではない強い力と震えが、二人の手を伝った。

 広島市中区にある自宅二階の和室。「もう少しだよ」。小二だった長女友里江ちゃん(8)も、助産師とともに生まれ出る瞬間を見守った。午後零時四十二分、二男恭佑君は、家族全員の前で産声を上げた。

 友里江ちゃんは、つながったままのへその緒に触れた。「血が通って、どくどくしとったよ」。今も指先の感触を忘れない。胸に聴診器を当てると、生まれたばかりの鼓動が波打っていた。

 親が育てられない赤ちゃんを匿名で受け入れる「赤ちゃんポスト(こうのとりのゆりかご)」の運用が熊本市内の病院で始まったが、賛否は依然渦巻いている。産み捨て事件や、産後の育児放棄(ネグレクト)も後を絶たない。「命は大切」と誰しも口をそろえる。しかし、そのあまりに重い中身を、どう子どもたちに伝えたらいいのか―。

 晃一君と友里江ちゃんを病院で産んだ明子さんにとって、自宅出産は初めてだった。「母親がどんな思いで産んだか、子どもたちに分かってもらいたかった」。腰をさすって励まし続けた夫の智之さん(41)も「大変な思いをして生まれてくる命。大事にする気持ちが自然と芽生えるのでは」と期待を込める。

 佐伯区の広島工業大付属中・広島高は「いのちとは?」という授業を、中学一年生全員に課している。助産師を招き、自宅出産のスライドを見たり、命について話し合ったりする。何より生徒たちの心を引きつけるのは、誰の言葉でもない。実物の胎盤である。

 金属のトレーに、肉と血の塊のように見える胎盤を載せる。保存していた助産師が持参し、二年前から授業に取り入れている。当初は、衝撃が大きく、後ずさりする生徒もいるという。

 しかし、遠巻きの輪は次第に縮まり、希望する生徒が手袋をして触り始める。弾力があり、引っ張っても破れない。持ち上げると、赤ちゃんを包み込む袋状になっているのが、しっかりと分かる。

 担当の野中春樹教諭(54)は「出産の現場が病院の中で完結し、遠い出来事になっている」と指摘する。しかし、胎盤を直視することで「自分や他人の命のルーツを実感できる」と強調。さまざまな疑問にぶつかる思春期だからこそ、「どう産み、育てるかの原点を知るのは意味がある」という。

 生徒たちが書き込む「気づきカード」には、「いろんな人の思いがつまっている、とても重たいもの」「自分から消してはいけないし、他人が消してもいけない」。命について、真正面から受け止めた感想が目立つ。

 特定非営利活動法人(NPO法人)「子どもコミュニティネットひろしま」(中区)は、十歳代の若者が乳幼児を保育する体験講座を広島市で毎年開いている。毎回、高校生を中心に三十−四十人が参加。初めて乳幼児と身近に接する核家族世帯の高校生たちが少なくない。

 当初は泣き叫ぶ子どもにたじろぐものの、終了までの二時間ずっと全力で抱っこしてあやす高校生もいる。別れるとき、子どもがしがみついて離れなくなる場面もある。「エネルギーを注いだ分、子どもは応えてくれる。そんな十代の経験が、将来きっと役立つ」。代表理事の小笠原由季恵さん(53)は、そう信じる。

 育った命が、また新たな命を育てる−。きずなの連鎖を肌で感じられる体験が、どこかで必要なのかもしれない。


2007.5.29