中国新聞

第1部 島で

■ 3 ■ 禁断の実

 甘いミカン 越冬の餌に

「猪変(いへん)」
(02.12.12)


 「ミカンを餌に使うちゃ、いけん」。イノシシを獣道からおびき 寄せて捕る罠(わな)を教える時、下蒲刈島(広島県下蒲刈町)のハンター西本 忠則さん(51)は口を酸っぱくする。

 食いしん坊のイノシシを食欲で釣る罠は、餌づけと同じ意味 を持っている。知らなかった味まで覚えさせ、捕り損なえば被害作 物を増やしてしまう。島特産のミカンを寄せ餌に使えば、やぶ蛇に なるのだ。

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イノシシに食い荒らされたミカン畑。むいた皮が散らばる(広島県木江町)
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 西本さんは、島内では作っていない飼料トウモロコシや米ぬか、 ドングリなどを勧める。「タヌキやカラスが横取りして食うし、難 しいんよ」。下蒲刈町産業課長でもある西本さんは、ほかの有害鳥 獣たちも気になる。

 ◇ ◇

 冬はイノシシにとって、餌探しが難しい。山のドングリは尽き、 田畑も休む。タケノコが伸び出す春先まで、どう食いつなぐか。そ の冬に瀬戸内海の島々では、かんきつ類が実る。願ってもない楽園 なのだ。

 島々のミカン畑には、上手に皮をむいたイノシシの食べかすが散 らばる。甘いのが好きなのは、人間と同じ。「一番の好物は、稼ぎ 頭のデコポン」と農家は口をそろえる。酸っぱいレモンや甘夏、伊 予かんは比較的、安全だという。

 最初から、実に食らいつく訳ではない。ミカン畑に現れだした最 初は、土を掘り返すだけのようだ。昨年から畑に出始めた能美 町では今年も、ミカン食害の報告は届いていない。

 ◇ ◇

 「ミミズや昆虫をあさりに、軟らかい土を狙う。有機肥料でふか ふかのミカン畑は格好の的なんよね」。忠海港(竹原市)脇の広島 県果実農協連で、中村繁俊指導課長補佐(44)が苦い顔で、一枚の資 料を差し出した。

 ミカン畑にすき込んだ、たい肥や樹皮など有機肥料が一九九九年 を境に、下降に転じたデータが載っている。「肥えた畑はイノシシ を誘うからと、農家がたい肥やりを手控えだしたんよ」

 ミカンは安値が続く。高齢化も手伝い、耕作をやめたミカン園は 一年もすれば、クズなどの雑草が覆う。山に戻るのだ。クズの根が 好物のイノシシには、格好の隠れがになる。因島市では今春から、 放任ミカン園の樹木すべてを刈り払い、締め出す作戦に取りかかっ ている。

 全国に出回る「大長みかん」の産地、大崎下島の豊町にも、 イノシシの影は忍び寄っている。今年初めて、畑に現れた。かんき つ農家は九百軒近いのに、銃猟免許を持つ人は二人しかいない。 「大長ブランドの死活問題」。地元農協は、島外から猟の達人を招 く算段を始めた。

 腕利きのハンターを雇い、イノシシの頭数を抑え込むのに成功し た島の話を聞いたからだ。二つ隣の上蒲刈島(蒲刈町)であ る。

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