中国新聞

第1部 島で

■ 4 ■ 仕置き人

 150頭を半年で捕獲

「猪変(いへん)」
(02.12.13)


 自分の島に、イノシシがいったい何頭いるのか。大まかでも言え る町が、一つだけあった。上蒲刈島の広島県蒲刈町である。

 「残り百頭ぐらいかな。土の掘り返しは今もあるけど、畑の食害 はもう聞かんようになったけんね」。町産業観光課の朝日建一課長 (55)は、事もなげに答えた。

地図
Photo
広島県蒲刈町のイノシシ退治で活躍した下河内さん(上蒲刈島)

 頭数をはじき出すノウハウが、町役場にあるわけではない。朝日 課長が腕を頼りにする猟師、下河内信一さん(50)の見立てである。

 下河内さんは、上蒲刈島の対岸、川尻町に住んでいる。毎年、猟 期に入ると三カ月間、造園の手伝いを休んで、県内の猟場を駆け回 る。

 得意は、くくり罠(わな)猟。獣道に埋めたワイヤの輪が、ばね で跳ね上がり、イノシシの脚をからめ捕る。知恵比べの猟だ。どの 獣道を何頭が通るか、下調べを尽くす。ひづめの形や歩幅で、雄か 雌か、体格まで浮かぶ。「捕る前から、獲物に名前を付けるんよ。 タローだの、ハナコだの」。だから、頭数も見当がつく。

 ◇ ◇

 「島を助けてほしい」。二〇〇〇年夏、蒲刈町に呼ばれ、ミカン 園に案内された。「びっくりしましてねえ」。苗木は根こそぎ倒し ている。実をもぎ、枝を折っていた。好物のヘビや昆虫が潜む石垣 を崩し、段々畑は跡形もなかった。

 耳でも異変を感じた。「セミしぐれが弱々しい」。ハミ(マム シ)も少ない。周囲十九キロの島内にイノシシが何頭いるか、一週 間近くかけて調べた。三百五十頭ほどの気配があった。島にいる二 十歳未満の人数と、変わらなかった。

 頭数の多さはもちろん、「雌は毎年四、五頭産む」と聞き、町 は驚いた。町内に銃免許の持ち主は一人もいない。

 町は急いで、下河内さんと駆除の委託契約を結んだ。一頭捕れば 三万円を渡す成功報酬方式。条件を一つ付けた。「できるだけ、雌 を狙ってほしい」

 ◇ ◇

 仕事も猟も休み、下河内さんはお盆すぎから、上蒲刈島に通っ た。八月は十七頭、九月に二十二頭、山の様子が頭に入った十月は 四十七頭を捕った。約束通り、七、八割が雌だった。結局、半年間 で百五十頭を一人で仕留めた。「イノシシが行列作って、罠にかか ってくれるのかと思うほど、面白いように捕れた」と振り返る。

 町が県内でいち早く買い入れながら、使いこなせないでいた箱罠 も、下河内さんの手ほどきで効果を挙げた。半年で百二十頭が掛か った。罠と合わせて二百七十頭。島内にいた八割近くを捕った。翌 年から、農家の苦情はやんだ。

 ただ、目標を遂げた下河内さんの心には一点、曇りが消えないで いる。「獲物のうち、純天然のイノシシは一割もおらなんだ」。九 割はイノブタだ、と言うのだ。

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