中国新聞

第1部 島で

■ 7 ■ 災い転じて

 たい肥・食肉 利用模索

「猪変(いへん)」
(02.12.16)


 あごの骨がのぞいた。きばが見える。広島県倉橋町の小学校近く の農場で四カ月前、たい肥をかぶせたイノシシは土に戻っていた。

Photo
たい肥化の実験で土に戻ったイノシシ(広島県倉橋 町)
地図

 「ええね。においもないし」。県呉地域事務所の酒井勝司さん (55)は満足げだ。管内で昨年、イノシシの駆除頭数が約千五百頭と かさばった。捨てずにリサイクルできないか、たい肥化の実験を重 ねている。

 駆除した死がいは置き去りが許されない。大型のごみ焼却炉でも 焼け残る。埋めるか、食べるか、始末が必要だが、島には捨て場所 が少ない。ある島では町有林に重機で穴を掘り、共同の捨て場をこ しらえた。お年寄りが掘りやすい浜辺に埋めたら、波に洗われ、苦 情が出た島もある。

 倉橋町の駆除数は昨年から二年続けて、六百頭を超えた。たい肥 にするだけでは間に合わない。県内の動物園に「ライオンの餌にし ないか」と持ちかけたら、「食肉の合法ルートじゃないと…」と断 られた。

 ◇ ◇

 「いっそ、人間に食べてもらおう」と、町は今年九月、イノシシ の食肉化施設づくりの補正予算を組んだ。

 食肉化の発想は近くの上蒲刈島、蒲刈町の経験がヒントになっ た。二〇〇〇年、同町では島外猟師と箱罠(わな)の活躍で、駆除 数が二百七十頭に増加。膨大な「ごみ」になった。思案の結果、町 営宿舎のレストランでぼたん鍋にしたところ、二カ月で約三百食が 出た。

 欲張って、新聞に取り上げられたのがあだになった。記事の出た 朝、保健所から電話が入った。「肉の仕入れ先は、ちゃんとした食 肉販売業者でしょうね」。島内に許可業者がいないのを見越しての 警告だった。幸い、駆除の成功で捕獲数は減っていた。これも潮時 と、「ぼたん鍋作戦」はあきらめた。

 倉橋町が引き継いだイノシシの特産化、「食べて共生」の道は平 たんではない。頭数が減り過ぎれば肉が足りず、増え過ぎれば農業 被害が出る。島内の生息頭数や動きをつかみ、人の領分を荒らさな いように野生動物の管理が欠かせない。

 ◇ ◇

 島民自らの人間管理は、さらに大事だ。「困っとんよ」と、倉橋 町の出来悦次産業経済課長(56)を悩ますのが、違法行為の薬殺。畑 を荒らされた農家が、憎むあまり農薬入りの餌をまく。危険なだけ でなく、イノシシ料理を今後売り込むようになれば、風評が命取り になる。

 猟期に入り、瀬戸内のいくつかの島には週末、愛媛県や本土から 狩猟愛好家が渡ってくる。「島は、猟場の広さが手ごろ」「島のイ ノシシは霜降り。脂が乗って、うまい」と評判もいい。

 イノシシを害獣とみるのか、それとも特産物やたい肥の資源、狩 りの獲物とみるのか。新しい「島民」との付き合い方をめぐる、島 の模索はまだ続く。

(おわり)

| TOP | BACK |