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「神宿る みやじまの素顔」    14.雪景色
厳かな静寂 伝説息づく

朱の柱も雪が包み込んでいく。積雪18センチを記録したこの朝、弥山のツガやモミも白く染まった(昨年12月18日)

 いつもの島ではない。華やいだ雰囲気がどこにも見当たらない。一面、白く覆われ、島全体がじっと冬ごもりをしているようだ。厳かなたたずまい。浮かれた気分での来訪を拒んでいるようで、背筋をしゃんと伸ばす。

 鈍色(にびいろ)の空の下、大鳥居や神社の朱も、しっとり映る。後ろに広がる弥山原始林を見上げると、ツガやモミが雪を抱き、険しい表情を見せる。

 「何とも言えん風情があります」。雪の朝、島の写真愛好家、新谷孝一さん(64)は早くから、カメラを手に御笠浜へ向かう。大鳥居の東に広がる、足跡ひとつない雪の原。「静まりかえって、一つも音がせんですよ」。ファインダー越しにのぞく別世界。緊張してシャッターを切るという。

 御笠浜鋪雪(みかさのはまほせつ)。江戸時代中期、雪に包まれた神社周辺の州浜は、大元桜花や鏡池秋月などとともに「厳島八景」の一つに選ばれた。趣ある情景として和歌や漢詩、俳諧などに詠まれている。

 積もっても年に一、二度。朝あっても昼にはたいてい解けとりますね―。島の人は口をそろえて言う。雪の少ない宮島。珍しく雪の積もった朝には、奇異なことも起きる。「雪の足跡」として宮島七不思議の一つに数えられた伝説がある。

 「大宮回廊の屋根、舞台のうへなどに、一丈あまりも踏み跨(またげ)たりとおぼゆるばかり、いと大なる足痕あり」

 厳島図会に、記述が残る。「天狗(てんぐ)の足跡」とも言い伝えられてきた。所々解けた跡が、そう見えたのではないか。ただ、ふだん姿を見せない天狗も、雪の日ばかりは不覚にも痕跡を残してしまったのだろうかと思えてくる。

 神仏に加え、天狗も駆ける島。その懐の深さにとりとめもなく思いをめぐらしていると、また雪が舞い始めた。神の使いというシカが身震いもせず、凍りついた浜を、さっと駆け抜けていく。雪の宮島は美しく、何かしら心かき立てる。

−2006.2.5

(文・田原直樹 写真・藤井康正)


雪の宮島 御笠浜鋪雪を含む「厳島八景」は冷泉為綱らが選び、元文4(1739)年に詩歌作品集として刊行される。八景は、円山応挙門下の長澤蘆雪が画帖(がちょう)に描いたほか、版本「厳島図会」の挿絵に見られる。「厳島道芝記」は、七不思議の一つ、雪の足跡を「沓跡(くつあと)」として、「人の足三つを一つにしけるほどにて」などと、その巨大さを記す。「芸藩通志」にも似たような「雪の跡」の記述がある。 グラフ


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