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「神宿る みやじまの素顔」    15.潮汲み
一日の始まり 感謝込め

夜明け前の大鳥居下。海水を汲む2人が、満月に照らされて影絵のように浮かび上がる

 大鳥居をおぼろに照らす満月。午前六時半、老人が足元の海水をひしゃくで汲(く)み、それに倣うように若者が続く。影絵のような二人の光景に身震いしたのは、寒さのせいではない。伝統が受け継がれる―。まさにその場面を、目の当たりにしたためだ。

 宮島の元気なおじいちゃんとして知られる九十三歳の矢的武雄さん。土産物店を営みながら、江戸時代から続く「潮汲み」を日課にしてきた最後の一人だ。

 毎朝、日の出前に大鳥居の下に出向き、長い柄の付いた竹製のひしゃくで海水をすくい、持ち帰って榊(さかき)の葉でまいて清めとする―。神と自然に一日の始まりを感謝する島ならではの習俗。五年ほど前、さすがに体がきつくなり、伝統はいったん途絶えていた。

 復活させたのは、旅館の従業員として二年前に移り住んできた菊地寛さん(26)だ。島に溶け込み、町並み保存に取り組む。姿を消した伝統習俗を残念に思い、一月から月二回だけ始めた。この朝は、教えを受けた矢的さんに、「一緒にやりましょう」と声を掛けた。

 流儀は家により異なる。子どものころ、父に命じられて始めた矢的さんのやり方はこうだ。大鳥居の下で、まず西の大元神社、続いて目の前の厳島神社本殿、東の長浜神社の方向にそれぞれ潮をまく。最後に本殿に向けて、もう一度。さらに自宅前で、同じ動作を繰り返す。

 「大元さんは、厳島の神さんよりも先にいたという土地の神さんだから。長浜さんは、食べ物の神さんで…」。矢的さんはすらすら由来を説き明かしてくれる。「三百六十五日、同じ朝は一日としてない。信仰というよりも季節を肌で知り、すがすがしい気持ちで仕事に向かうんよ」

 宮島の街を歩くと、潮汲みのひしゃくが、ところどころの民家や商店の軒下に下げられているのに気付いた。「ひしゃくを飾って、潮汲みの気持ちだけでもね」。住民の一人が教えてくれた。伝統は生きている。なぜかうれしく、足が軽くなった。

−2006.2.12

(文・岩崎誠 写真・田中慎二)


潮汲み 江戸時代の「厳島図会」などに記述がある習俗で、住民が厳島神社前の海水で自宅や店を清める。元旦は「新潮迎(わかしおむかえ)」と呼ばれる。おけのような形をした竹製の小さなひしゃくを用いてきたが、高度成長期以降、島では数人しか続けていなかったという。装飾用にと、お年寄りが作ったひしゃくは、現在も町商工会が年に10個ほど委託販売する。 グラフ


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