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「神宿る みやじまの素顔」    50.秋の暮れ
島包む朱 美しく燃えて

秋空は厳島神社の朱のように染まった。少し寂しい気分になってきた

 御笠浜で写真撮影を頼まれる。ファインダーに親子と鳥居を収めると、高く、澄んだ空に気づいた。いわし雲が広がっている。水面はやわらかな陽光を揺らす。

 ゆらゆらと回廊浮くや秋の汐(しお)

 百年以上も前、正岡子規が詠んだ秋だ。「写実に徹した子規らしい句。美しさは変わらず、今に通じますね」。地域の文学碑巡りをしている元中学校教諭の西紀子さん(74)=広島市南区=が回廊を見やり、うなずいている。秋空のもと、西さんと宮島の句碑を訪ねた。

 汐満ちて鳥居の霞(かす)む入江哉(かな)

 何度か島を訪れて作句した子規は、うららかな春を詩情豊かに描いている。「ほかに冬の句もある。ずいぶん宮島に魅せられたんですね」。その碑は塔の岡にあるが、周辺の斜面が崩落する恐れがあり、残念ながら立ち入り禁止だった。

 島には文学碑が幾つかある。俳人の宇都宮丹靖や皆吉爽雨らの碑を見つけた。また森鴎外や斎藤茂吉といった数多くの文人が島を訪れ、それぞれの視点や感性で、作品や日記を残している。「神社に、歴史に自然。島に来ると皆、刺激を受けるんでしょう」。作品の一節を胸に歩くと、また違った島の表情を発見できる。

 日が傾くころ、千畳閣に一人、腰を下ろした。秋は、また巡ってきた。神社や家並みを囲む森はもうすぐ色づくのだろう。

 神仏への信仰、戦や伝説の地、珍しい動植物、島民の営み…。この一年、あちこち訪ね、見聞きし、肌に感じてきた。確かにそのはずだが、島を全然分かっていない気もする。なんとも不思議な時を過ごしたものだ。ふと、西さんに聞いた子規の句が浮かんできた。

 宮島の神殿はしる小鹿かな

 鮮やかな瞬間をとらえている。板ける音を響かせてシカが駆け、姿を消す。はっとするほど美しく、それは幻のようでもある。

 神宿る島のようだなと、とりとめのない物思いにふける。いつの間にか、空が染まっていた。

−2006.10.15

(文・田原直樹 写真・藤井康正)


「汐満ちて鳥居の霞む入江哉」 正岡子規が明治28年3月20日付の廣島中國(現中国新聞)に載せた「廣洲雑咏」9句のうちの一つ(後に漢字表記を改めている)。日清戦争に従軍記者として赴く前の広島滞在中、詠んだ。碑は千畳閣そばの亀居山に立つが、現在は立ち入ることはできない。 地図


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