2007.03.25
18.  メガ・チャーチ   イラク戦争 積極支持



 快晴の日曜日の午前九時すぎ。テキサス州ヒューストン市の第二バプテスト教会の広大な駐車場は、信者たちの車で次々と埋まっていった。三階席まである六千人収容の教会の礼拝堂。巨大なパイプオルガン。幾つものテレビカメラ。ステージには生バンドや百人のコーラス隊が並ぶ。「メガ・チャーチ(巨大な教会)」。こう呼ばれる理由も納得できる。

 三千五百人ぐらいだろうか。一階席がほぼ埋まった午前九時半、荘重なパイプオルガンの演奏で礼拝が始まった。六分以上続いた演奏後はさらにバンドも加わり、男女のコーラス隊が聖歌を響かせる。フロアから声を合わせる信者たち。「ハレルヤ、ハレルヤ…」。数曲を歌い終え、説教が始まったのは約三十分後。

 一時間十五分の礼拝のうち、モーセと神のかかわりを中心に語った説教は三十分余り。最後は再び厳かなパイプオルガンの演奏で締めくくった。

 音楽が重要な部分を占める礼拝。午前十一時十分から始まったこの日二度目の礼拝は、より若者向けとあって、ロックバンドも登場した。礼拝の様子は、「キャンパス」と呼ばれるヒューストン市内の四つの第二バプテスト教会とケーブルで連結。各キャンパスに出かけた信者たちは、大型スクリーンを通して本部キャンパスの礼拝を同時に体験する。

 ■TVで宗教番組

 「現在、教会の会員数は約四万三千人。ここまで大きくなったのは、シニア牧師のエド・ヤング氏の指導力が大きい」。准牧師の一人、エリック・ハイステッドさん(47)は言った。日曜礼拝の二日前、あらかじめ教会を訪ねた。その折、親切に案内してくれたのが彼だった。

 シニア牧師のヤングさん(70)はミシシッピ州生まれ。ノースカロライナ州のバプテスト神学校を卒業し、同州やサウスカロライナ州で牧師を務めた後、一九七八年にヒューストンの第二バプテスト教会の牧師に就任。当時二千人の会員は三十年足らずで二十倍以上に膨れあがった。

 「なぜ、それほど多くの人々を引きつけたのですか?」。長期休暇で不在のヤングさんに代わってハイステッドさんが答えてくれた。

 「私たちは聖書を道しるべに人生や生き方を説く。その明確な指針が受け入れられているのでは…。ヤング氏が就任した翌年には、ローカルテレビ局で礼拝の放送を始めた。やがてラジオ放送も加わり、福音が教会の外に広く届くようになった。ヒューストン郊外を含め約四百八十万人に達した都市圏の人口増加もプラスに働いている」。今ではテレビ、ラジオを通じたシニア牧師の「ウイニング・ウオーク(勝利の行進)」という宗教番組は国内はもとより、国際放送もされている。

 八六年に手狭になった市中心部から市西部の現在地へ。二〇〇一年から五年間で四つの「キャンパス」を新設。本部キャンパスには、フィットネスや他のレクリエーション施設、書店、レストラン、図書館、聖書研究室などがそろう。幼稚園から高校まで千二百人が学ぶ教育施設もある。授業料のほかは、すべて寄付で運営しているという。

 「バプテスト教会というと聖書だけを教える古いイメージがあるかもしれない。でも私たちの教会は違う。信者にとって教会は楽しくてエキサイティングな空間であることが大切。その上で神の言葉である聖書の内容もしっかり伝え、分かち合う」。ハイステッドさんはこう力説する。

 この教会が属する「南部バプテスト教会協議会」は、プロテスタントでは全米最大の組織。約四万二千の教会が加盟し、信者数は約千六百万人。白人が大多数の第二バプテスト教会はその中でも最大規模だ。

 ■ダーウィン否定

 神によって天と地、光と水、人と動物など万物が創造されたという聖書の中の創世記を信じ、ダーウィンの進化論は否定する。イエス・キリストの起こした奇跡もすべて「現実にあったこと」。世界の終末にキリストが再臨することなど聖書の内容を一字一句信じる信仰ゆえに「キリスト教原理主義」とも呼ばれる。

 伝統的な家族関係を重視し、同性愛や人工中絶は「罪業」であり認めない。「善悪」二元論でものごとを判断する傾向が強いともいわれる。

 「南部バプテスト教会協議会は共和党の集票マシンだとみられていますが、テキサス出身のジョージ・ブッシュ大統領とも関係が深いのでしょうね?」。私はハイステッドさんに率直に質問をぶつけてみた。

 「同性愛や人工中絶などの問題について、私たちの立場は明確だ。でも、どの候補を支持するかについて教会として表明することはない」

 「ヤング・シニア牧師は、ブッシュ政権が推進したイラク戦争も強く支持していますね。教会の最高指導者が賛成すれば、信者もそうなるのでは?」

 「ヤング氏は個人的に意見を表明することはあるかもしれないが、私は氏に代わって説明する立場にはない。教会としては神との関係が重要であり、イラク戦争について教会として立場を明確にしたことはない」

 政教分離を原則とする米国では、どの宗教、宗派であれ、選挙で特定候補を名指しで支持することは禁じられている。違反すると宗教法人としての「税免除」の特典を失ってしまう。ハイステッドさんの発言が慎重になるのもうなずける。

 ただ各候補が掲げる政策について、教会の指導者が倫理面などから一定の価値判断を下すことは可能である。具体的な候補名を挙げなくても、その判断だけで十分であろう。

 「キリスト教原理主義者は共和党の政策に大きな影響を与えたいと思っている。ブッシュ大統領の過去の演説に『悪の枢軸』など善悪二元論的な表現が目立ったのも原理主義的な価値観の表れだ。政策にも当然反映されてきた」

 こう語るのは、人権団体など四十の地元市民グループが加わる「ヒューストン平和と正義センター」議長のデービッド・アトウッドさん(66)だ。教会訪問後の金曜の午後、ヒューストン市内で会った彼は、キリスト教原理主義者たちの主張について、その矛盾を厳しく指摘した。

 ■説教で正義主張

南部バプテスト教会協議会
 バプテスト教会は17世紀に英国で始まり、米国では1638年、ロードアイランド州に最初の教会が設立された。1845年の全米総会で黒人の奴隷制をめぐって南部と北部が対立、奴隷制維持を主張した南部が分離し、その年に南部バプテスト教会協議会が生まれた。発足当時の信者数は約35万人。

 聖書を唯一の信仰のよりどころとする福音派。特に同協議会に属する信者は、聖書をより自由に解釈する人たちに比べ原理主義者とみなされている。1970年後半から妊娠中絶や同性愛者婚の禁止などの立場を強め、共和党右派とのつながりを深めていった。ブッシュ大統領誕生にも大きな役割を果たした。

 米国には同協議会を含め約4700万人のバプテスト信者がおり、大小50以上のグループがある。
 「例えば、彼らは『プロライフ』だと主張する。胎児の生きる権利を尊重し、中絶合法化に反対するというのだ。ところが、一方で多くの犠牲者を生む軍事力を行使したイラク戦争やアフガニスタン戦争を積極的に支持している。テキサス州では子どもの健康を守る予算が削減された。胎児の方が、世に生まれ出た誕生後の命より貴いというのだろうか」

 自身、カトリック教徒のアトウッドさんは、南部バプテスト教会協議会だけでなく、カトリックの神父や信者の中にも原理主義的な考えを持つ人は随分いるという。ただ、ブッシュ政権の支持率が30%を大幅に割ることがないのは「南部バプテスト教会協議会が支持母体になっているからだ」とみる。

 ヤングさんが、二〇〇一年の「9・11米中枢同時テロ」事件から五日後に行った説教の内容を知れば、その見方もうなずける。

 ヤングさんは「神が私をして語らしめる」と重々しく切り出し、独特の抑揚で「伝道の書」の一節を引用した。「天(あめ)が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。…愛するに時があり、憎むに時があり、戦うに時があり、和らぐに時がある。…」。そして自らの言葉を加えた。「私たちは今、戦争の中にある。善と悪の戦いであり、アメリカにとって正義の戦いである」と。

 9・11事件直後、ブッシュ大統領もすでに同じように訴えていた。ヤングさんはこうした訴えに対する大学教授らの批判に対して「それこそがアメリカ社会のモラルの崩壊を示すものである」と断定。「イスラム教徒の過激派とそれを容認するイスラム国家がアメリカを、西洋文明を、神を、私たちがよって立つ原理を攻撃したのだ」とアピールすると、礼拝堂は大きな拍手に包まれていた。

 「神よ、アメリカをたたえたまえ!」。ブッシュ大統領らがしばしば使う表現である。こうした言葉に接すると、思わず「キリスト教の神はアメリカ人だけのために存在するのか」と思いたくもなる。

 「なんじの敵を愛せよ」―アトウッドさんは聖書の一節に触れながら「キリストの愛に生きるのは決して容易なことではない」としみじみと言った。彼の言葉の方が、はるかに説得力をもって私に迫ってきた。


「パイプオルガンの音色は最高に素晴らしい」と、6000人収容の第2バプテスト教会の本部礼拝堂を案内してくれるエリック・ハイステッドさん。日曜の礼拝時は「ほかのキャンパスにいることが多い」と言う(ヒューストン市) 11時10分から始まるこの日2回目の礼拝に集まった第2バプテスト教会の信者たち。1回目の礼拝と比べ、服装は随分カジュアルである(ヒューストン市)

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