2007.04.01
19.  キリスト教新潮流   現代の感覚で神を説く



 ドラムにエレキギター、キーボード、タンバリン…。ロックバンドの演奏に乗せてアイドル歌手と見まがう女性ボーカリストと二十人ほどの聖歌隊が、ステージで賛美歌を歌う。手拍子を打ち体を揺らして一緒に歌う約七百人の信者たち。その乗りは、キリスト教の日曜礼拝というより、ロックコンサートの会場にでもいるようである。

 曲が進むにつれ、信者たちの中には両手を広げたり、陶酔したように踊りだす人も。このさまは「神が私たちの教会の中にいる」「一人一人の内面に入っている」という牧師や信者たちの言葉を体現しているのだろうか…。

 ■信者1億3000万人

 オハイオ州ウエストレイク市にあるキリスト教ペンテコステ派の「チャーチ・オン・ザ・ライズ」。教会名の「オン・ザ・ライズ」には、「上昇」「人生における成功」といった積極的な響きと、イエス・キリストが死からよみがえった「復活」の意味合いが込められている。

 ペンテコステ派は二十世紀初頭、カリフォルニア州ロサンゼルス市の下町で誕生した。黒人牧師が指導し、貧しい人々が民家を利用した教会や通りで、歌い、踊り、祈り、口々に神をたたえた。

 百年を経た今、ペンテコステ派の流れをくむ信者は、米国内だけでなく、中南米やアフリカ、アジアなど発展途上国を中心に広がり、約一億三千万人の信者を有する。特に米国では、ここ二十年ほどで急速に信者が増えているという。

 「チャーチ・オン・ザ・ライズ」もその一つ。オハイオ州生まれのシニア牧師ポール・エンドレイさん(46)が、一九九三年に現在地にほど近いエリー湖そばに創設。五十二人が集い最初の礼拝をあげた。二〇〇一年に八万一千平方メートルある現在地へ移り、七百五十人収容のれんが造りの教会を建てた。現在の信者数は千二百人を超え、日曜礼拝は午前九時と十一時の二回開く。

 三十分近い賛美歌に続くエンドレイさんの説教は、聖書の一場面を信者が演じるなど演出が施されている。服装もジャケットにジーンズ。牧師とも思えぬラフな格好で、彼は信者たちの笑いを誘いながら、夫婦や家族の在り方を説いた。めりはりの利いたその口調としぐさは、人々を引きつける「カリスマ性」さえ感じさせる。

 「教会は日曜礼拝などを通じて、信者のあらゆる生活の場面と神とをつなぐ空間」と、エンドレイさんは礼拝後に言った。信者には神への情熱的な信仰を求める。信者が個々に神を感じるためにも極めて大切な要素だからだ。大人から子どもまで「家族全員が集える教会」を目指している。

 ■若者へアピール

 礼拝での賛美歌がロック調なのも、信者たちの気持ちを一気に高揚させると同時に、若者にも魅力を感じてもらうためである。〇六年九月末には、敷地内に「青少年センター」を開設。コンピューターやビデオ、ミーティング用の各部屋、絵画教室、バンド練習室、ミニバスケット場など十―二十代の若者たちがいつでも利用し、交流できる施設をつくった。

 不動産業も営むエンドレイさんは、地元や周辺の同業者でつくる「不動産クラブ」の有力メンバーでもある。投資にたけている、と教会のスタッフは声をそろえる。精神的のみならず、「物質的、経済的に豊かであることも人生では大切」と実益を信者たちに語る。教会に通うことで、仕事や人間関係、金銭面など世俗の世界でも「神の御心(みこころ)が働く」というのだ。

 自宅から教会まで車で約四十分。五年前から夫とともにこの教会に通うパトリシア・シマレスキーさんは「ここには神が宿り、神の言葉がある。以前のところと違って、教会が生きている」と声を弾ませる。かつては麻薬に手を出したこともある。結婚生活もうまくいっていなかった。しかし、今は夫妻で営む印刷業は順調に収益を伸ばし、夫婦関係も良くなったという。

 「あなたもキリスト教徒ですか?」。シマレスキーさんは逆に私に問いかけてきた。「いいえ、熱心ではないですが仏教徒です」。そう答えると彼女は「それは残念」と哀れみの表情を浮かべ、「イエス・キリストの愛と救いが一日も早くあなたに訪れますように」と改宗を勧めた。

 形にとらわれない礼拝様式、金もうけなど実利の追求、牧師のカリスマ性…。現代人の感覚に合ったスタイルで神の言葉を説く。同性愛や妊娠中絶についても「神への罪業」との立場を鮮明に打ち出す。

 「チャーチ・オン・ザ・ライズ」へ一緒に出かけた旧知の元ジャーナリストのダイアナ・ルースさん(59)。彼女はこの教会が人気を集める理由について「人生に不安を抱く都市住民のコミュニティー・センターの役割を果たしている。神を通じた教会員同士の強い仲間意識が支えになっている」とみる。

 中・高校生らティーンエージャーたちにとって、青少年センターは大きな魅力。放課後など友達を誘って訪ねれば、お金がなくても楽しく過ごせ、学ぶこともできる。親も安心である。

 「青少年センターも良い例だけれど、人々に近づく布教の仕方が非常に上手。海外での宣教活動にも力を入れている」とルースさんは言う。

 現にエンドレイさんは米国内の同じ派の牧師らとグアテマラ、メキシコ、エチオピア、ウガンダなどで牧師を養成し、教会の創設に尽力。これまでにエチオピアなど海外で二十の教会設立にかかわったという。

 ■危険な優越思想

ペンテコステ派
 キリスト教プロテスタントの一派。1906年4月、黒人のウィリアム・セイモア牧師が、ロサンゼルス市の日系人街「リトル東京」のアズサ通りに小さな教会を開き、布教を始めたのがルーツとされる。ほとんどの福音派と同じように、聖書の内容を一字一句信じる。個々の信者が信仰を深め、聖霊による洗礼(バプテスマ)によって神を直接体験することを重視。礼拝では、聖霊に満たされた人が自由にその気持ちを体で表現したりする。豊かになるのは罪ではないとの考えから「繁栄の神学」ともいわれる。

 米国では80年代に入って人種を問わず飛躍的に拡大。現在約2000万人の信者がいる。またブラジルの約1500万人をはじめ、ナイジェリア約1300万人、フィリピン約900万人など中南米やアフリカ、アジアにも急速に広がっている。
 ルースさんは平和主義教会と呼ばれるクエーカー教徒だ。ウエストレイクから車で三十分ほどのオービリン市に住む。地元での日曜の集いでは、静寂の中で人々が祈り、心に言葉が浮かんだ人がそれを語る。牧師もいなければ音楽もない。ペンテコステ派や最近の「メガ・チャーチ(巨大な教会)」などとは対極をなす。

 大学の学長補佐を務める傍ら、平和活動にも積極的にかかわるルースさんは、ペンテコステ派の信者や原理主義者らにみられる「キリスト教優越思想」に強い危機感を抱く。「信者たちの多くは聖書の世界を信じ、キリスト教以外の宗教に価値を見いだそうとしない。キリスト教でなければ救われないと、あなたに改宗を迫ったのもその表れ」と指摘する。

 イスラム教や仏教など他の宗教がどのような教えや文化をはぐくんできたのか。異なる宗教や文化とどのように共存すればいいのか。「世界の平和を築いていくうえで大切な視点が欠落している」とルースさん。

 世界の貧困地域で広がっているという現実には、抑圧からの解放や実利的な教えが魅力になっているのだろうと推測する。「でも、原理主義的な接し方からは、一方的にこちらの価値観を押し付けるだけで、その地域にある独自の文化から学ぶという姿勢は生まれない」と批判的だ。

 オハイオ州は「スイング・ステイト(揺れる州)」とよく呼ばれる。大統領選で共和党を支持する主として農村部と州南部に対し、民主党を支持する都市部と州北部の票が拮抗(きっこう)し、オハイオの結果が選挙全体を左右してしまうことがしばしば起きるからだ。

 特に〇四年の選挙では、キリスト教原理主義に根差す教会が、民主党のイラク戦争批判に対して、妊娠中絶や同性愛問題などを争点に共和党の新たな票を開拓。「不正な票読みがあった」と言われながら、オハイオ州でのブッシュ候補の辛勝が大統領再選につながった。

 州内のメガ・チャーチを中心としたブッシュ政権支援の動きは「オハイオ復活プロジェクト」として、今も組織的に展開されている。イラク戦争は「善」なるキリスト教徒と「悪」なるイスラム教徒の戦い―。こうした見方は、おのずと米国内のイスラム教徒に対しても排外的になる。

 「チャーチ・オン・ザ・ライズ」は、復活プロジェクト運動には加わっていないという。しかし、〇六年十一月の中間選挙では共和党の知事候補らを教会に招いて、同性婚の禁止など候補者の「宗教観」を信者に語りかける機会を与えた。

 こうしたキリスト教右派からの直接、間接の共和党への強力な支援がありながら、知事選では大差で敗北し、共和党が十六年間占めてきた知事の座を民主党に明け渡した。〇八年の大統領選では、福音派教会などの支援を得て再び共和党がオハイオで巻き返しを図ろうとするだろう。拡大を続ける「チャーチ・オン・ザ・ライズ」も、そのための陰の力になっているに違いない。


聖歌隊が歌うロックのリズムに合わせ、両手を大きく広げて踊るパトリシア・シマレスキーさん(手前左端)。「神が私たちに触れ、癒やし、恵みを与えてくれる。ここに来ると強くそれを感じる」(ウエストレイク市) 祭壇の壁に映し出された光の十字架を背に、約700人の信者に説教するポール・エンドレイさん。「人々は神についての講義よりも、神との霊的体験を持ちたいと思っている」(ウエストレイク市)

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