2007.05.06
24.  独立メディア   戦争と権力 厳しく追及



 独立報道プロダクション「デモクラシーNOW!(今こそ民主主義を)」の共同創設者でメーンプロデューサーのエイミー・グッドマンさん(50)は、会場を訪れた人々と次々と言葉を交わしていた。ニューヨーク市マンハッタン島の公共施設で開かれた同プロダクション創立十周年記念集会。最後にステージに立った彼女は、約四百人の参加者を前に言った。

 ■真の民主主義へ

 「主流メディアは、今なおイラク戦争に反対する市民や退役軍人らの声を十分に取り上げていない。私たちはこれからも、戦争など政治家たちの政策決定によって大きな影響を受けている人々の声を電波に乗せていきたい」

 会場は大きな拍手に包まれた。それを聞きながら私は、プロダクション名と同じニュース番組「デモクラシーNOW!」が製作される不思議を思った。全体主義国家ならいざしらず、ここは民主主義国家の「盟主」を自任するアメリカである。それなのに、なぜ「今こそ民主主義を」なのか。集会後に会ったグッドマンさんに尋ねた。

 「アメリカは確かに民主主義の形態は取っている。でも、真の民主主義と呼ぶにはほど遠い。現実は一部の政治家や政治家と結びついた軍需・石油産業などの大企業、権力に近いシンクタンクによって支配されている。民主主義が機能するには、メディアを通じて人々の多様な意見や見方が反映されなければいけないのに、企業メディアはむしろ今の体制を支えている」。彼女は肩まで伸びた髪をかき上げながら、よく通る声で続けた。

 「良いジャーナリズムは、権力にとって都合の悪い現実をも隠さずに伝え、勇気をもって問題提起することだ。しかしイラク戦争では、ほとんどのメディアがブッシュ政権の太鼓たたきを演じた。多数を占める女性や中間層以下の声が政治に届いていない」

 私が被爆地の新聞記者であることを知ると彼女は「私たちが被爆六十周年の二〇〇五年八月五日に放送した一つの番組を紹介しましょう。そこにも現代に通じる、ジャーナリズムとは名ばかりのアメリカ人記者の姿がある」と言った。

 グッドマンさんが、同じジャーナリストの弟、デービッドさんらと製作した作品のタイトルは「隠ぺいされたヒロシマ―戦争省に仕えたニューヨーク・タイムズ記者のピュリツァー賞をはく奪せよ」というものだ。

 ■原爆描写に違い

独立テレビ・ラジオ局
 米連邦通信委員会(FCC)によると、2006年12月末現在、全米には1756のテレビ局と1万3837のラジオ局がある。このうち、「教育」テレビに分類される局は、UHFとVHFを合わせて380局、「教育」FMラジオは2817局を数える。

 「教育」という分類で放送許可を受けた局は、テレビ・ラジオいずれも広告を取らない非営利の局で、財政的には主に視聴者や地域住民によって支えられている。企業からのスポンサーが付かないために視聴率などにこだわる必要がなく、運営主体による内容を重視した番組作りができる。このため、こうしたテレビ・ラジオ局を「独立メディア」とか「コミュニティーメディア」と呼んでいる。

 「デモクラシーNOW!」のニュース番組は、現在米国内の「教育」テレビ・ラジオそれぞれ250局余りが利用。日本でも4月から毎週土曜夜、民放の衛星放送局が独自に編集した番組を放映している。
 一九四五年当時、従軍記者だったニューヨーク・タイムズのウィリアム・ローレンスと、オーストラリア人で英国のロンドン・デーリー・エクスプレス紙に寄稿していたウィルフレッド・バーチェットを比較。戦争省からも給料をもらっていた科学記者のローレンスは、長崎への原爆投下に際して搭乗を許され、そのときの体験をニューヨーク・タイムズに掲載した。

 さらに、原爆開発や原子力エネルギーの将来性について十回の記事を同紙に書いて、優れた報道などに与えられるピュリツァー賞を四六年に受賞した。原爆製造現場への立ち入りを許可されていた彼は、完成された原爆の形状を「実に優美」と形容し、「彫刻家が造ったのであれば、どの彫刻家も誇りに思うだろう」と描写した。

 一方のバーチェットは九月初め、東京から列車を乗り継いでジャーナリストが入ることを禁止されていた廃虚の広島へ。そこで目撃した生々しい惨状を「私はこれを世界への警告として書いている」と、五日付のエクスプレス紙で世界に伝えた。そこには原爆投下から約一カ月がたってなお人々が次々と死んでいる実態に言及。奇妙なその現象を「原爆病」「原子による疫病」と表現するなど、バーチェットの驚きと戸惑いが書き込まれていた。

 バーチェットのこの記事を否定するために、原爆製造を指揮したレスリー・グローブス将軍は初の原爆実験(七月十六日)を実施したニューメキシコ州の実験場へローレンスら三十人の記者を連れて行った。ローレンスはそのときの体験を基に、死亡原因は「爆風によるもので放射線でないことが確認できた」と、九月十二日付のニューヨーク・タイムズに載せた。これらはすべて米政府の意向に沿って書かれたものであった。

 「私たちは、二人のジャーナリストが書いた記事や残っていた肉声などを構成して番組に仕上げた。どちらがジャーナリストとして優れた仕事をしたかは明らかだろう。結局、ローレンスの書いた記事は、その後も長くアメリカ政府に、核兵器開発などに伴う放射線の危険を否定する根拠を与えてきた」とグッドマンさんは力説する。

 そして政府の「プロパガンダ(宣伝)」として利用されたローレンスの取材姿勢は、イラク戦争で国防総省に「エンベデッド(埋め込み)」されたジャーナリストの姿勢と重なるというのだ。

 このほかにもグッドマンさんらは、被爆直後に日本人カメラマンが広島・長崎の惨状を撮影しながら、そのフィルムを米軍が没収し、機密扱いしていた事実を、当時の映像を交えて紹介。〇五年五月には、核拡散防止条約(NPT)再検討会議に合わせてニューヨークを訪れた広島市の秋葉忠利市長にインタビューしたり、広島・長崎の被爆者の声も紹介したりしている。

 「視聴者や財団法人による寄付と、テレビ・ラジオ局の番組購入費で運営している私たちの財政状況は、決して豊かではない。でも、ジャーナリストとして人々に何を伝えることが大事かという視点が定まっていれば、いくらでも工夫はできる」

 八四年にハーバード大学を卒業したグッドマンさんは、翌年からコミュニティーの支援で運営するパシフィカ・ラジオ局の一つ、ニューヨークにある「WBAI」に勤務。十年間、ニュース番組を作り続け、百以上のネットワークを通じて全米に流されてきた。

 九一年には、同僚と一緒にインドネシアからの独立を求める東ティモールを訪問。米政府の支援を受けたインドネシア軍が二百七十人の住民を銃殺するのを目撃した。彼女と同僚は軍に殴打され、同僚の頭の骨が折れた。彼らが製作したドキュメンタリー「虐殺―東ティモール物語」は、多くの賞を受賞するなど高い評価を得た。

 ■拡大する放送網

 彼女は九六年にパシフィカ・ラジオ内に「デモクラシーNOW!」のニュース番組を創設。さまざまな人々へのインタビューを中心に、月曜から金曜まで週五日の朝の番組を手掛けてきた。二〇〇〇年にプロダクションとして独立し、知人が所有するビルに移転。テレビ放送が加わったのは、〇一年の「9・11米中枢同時テロ」事件後間もない九月十七日からだった。

 テレビ製作技術などを教える知人夫妻らが「ラジオ放送の場にカメラを据えて、同時にテレビ番組も作ってみては…」と提案。最初は夫妻から、カメラやその他の装備一式を借りた。カメラマンらテレビ製作にかかわった経験者もボランティアで集まった。テレビ番組はラジオと同時に、衛星でほかの独立系テレビ局から放送された。

 やがて技術的にも経済的にも自立。今ではグッドマンさんを含め二十人の常勤スタッフ、十人のパートタイマー、百人のボランティアを抱える。番組は北米五百局以上のテレビ、ラジオ局を通じて放送されるまでに拡大していった。番組の長さは通常は一時間。9・11事件後やイラク戦争開戦後は、二、三時間の場合も。スペイン語に翻訳された十分間の要約ニュースは、国内と中南米を中心に約百五十局でオンエアされているという。

 「私たちの番組を放送することで、各地のコミュニティー放送局の寄付が増えて相乗効果を上げている。番組内容は、ボランティアによって同時に文字化されているので、耳の不自由な人たちにも内容が分かる。むろん再チェックされた文字情報は、番組ごとにインターネットでアクセスもできる」

 グッドマンさんの言葉の端々から、ジャーナリストとしての強い倫理観、一つのニュース番組をあらゆる伝達手段を使ってより多くの人々に伝えようとする情熱が伝わってきた。

 これまでも意識的にヒロシマ・ナガサキの問題を取り上げてきたグッドマンさん。彼女は最後に「核戦争の悲惨を知る日本人こそ、平和のメッセージを世界の人々に伝える源泉であってほしい」と言った。

 午後十一時。彼女はこれからスタッフと車で約三百五十キロ南の首都ワシントンへ向かうのだという。インタビューで構成する翌朝の番組に間に合わせるためだ。

 次の日の午前七時半。「デモクラシーNOW!」のオフィスがあるビルを訪ねた。むき出しのコンクリートに囲まれたコントロール室で、本番に向けて準備に余念のないスタッフたち。午前八時。グッドマンさんのさわやかな顔が画面に大写しされた。疲れを見せぬ彼女に、私も大きなエネルギーをもらった気がした。


元消防署ビルを改築した「デモクラシーNOW!」のコントロール室。ラジオ放送と同時に、ニュースに関連した記録映像などを交えた内容が、衛星によって全国にテレビ放映されている。担当者によると「毎週平均2局ずつ番組利用局が増えている」と言う(ニューヨーク市) 「デモクラシーNOW!」の10周年記念集会に参加した支援者に「今は政府にも、信じていたメディアにも裏切られたと思う人たちが増えている」と語りかけるエイミー・グッドマンさん(ニューヨーク市)

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