土砂の滝 家屋のむ がれきの山に一変

'99/6/30 朝刊

 地鳴りを上げて裏山が崩れ、民家は一瞬のうちに土砂にのみ込ま れた。道路は見る見る間に川になった。二十九日、豪雨に見舞われ た中国地方は、広島県内を中心に大きな被害をもたらした。二次災 害の恐れから、救出も難航した。広島、呉、山口、岡山と同時多発 で起きた災害。十九人の犠牲者を出した八八(昭和六十三)年の豪 雨禍の再来を思わせる悲報が相次いだ。

呉市吉浦東

 一人が遺体で見つかり、三人が行方不明のままの呉市吉浦東町の 現場。土石流にのみこまれた二棟が跡形もなく押しつぶれ、集中豪 雨の恐怖を見せつける。山側からは、なお滝のように水が流れ落ち る中、海上自衛隊員や地元の消防団員など約百人が、夜を徹して捜 索活動を続けた。

 捜索が始まって三時間たった午後十時前。岩やがれき、土砂が埋 め尽くした現場から、変わり果てた楠範彦さん(64)が見つかった。 見守る住民からため息が漏れ、自治会長の岡本節三さん(52)らが、 遺体安置所などの準備に追われた。

 午後五時過ぎに発生した土石流は、山に面する木造二階建ての楠 さん方を一気に押し流し、三メートルほどの路地を越え、向かいの沢清美 さん(69)さんの平屋を巻き込んだ。さらに南側にある教会を建物ご と約十メートル動かしてようやく勢いを止めた。

 現場の約五十メートル上に住む行方不明の沢秀子さん(61)の姉、中村文 子さん(67)は小雨の中、心配そうに捜索を見守った。「ドーンとい うすさまじい音がして…。外に出ると楠さんの家がなくなってい た。妹夫婦が心配だったが、家まで近づけなかった」

 教会の隣に住む村川隆宏さん(64)も「災害放送があるというので 家にいたら、突然、教会がわが家にぶつかってきた。あっという間 もなかった」と恐怖に顔をこわばらせた。近くの勝法寺には約二十 人が避難、眠れぬ夜を明かした。

 現場は交通の動脈である国道31号から、わずか百メートルほど上がった 場所。この日崩れたがけは、崩落危険地域として市が本年度、防災 工事を行う予定で、今月から設計に入っていたという。住民たちか らは「もう少し早く、工事をしてもらっていたら…」との声も出て いた。

 一方、自宅裏の斜面が崩れ家が埋まった呉市的場五丁目、無職平見義治さん(70)方隣の無職牧岡房雄さん(69)は「午後四時すぎにドーンという音とともに二回目の土砂崩れがあった。家の下にあった数本の木が株ごと流された。また雨が降ったらまた崩れるの ではと思うと恐ろしい」と唇を震わせていた。

広島市佐伯区

 集中豪雨は、一瞬のうちに、施設の建物を押しつぶし、四人の先 生を飲み込んだ。大雨で、一人が 死亡、三人がけがをした広島市佐伯区八幡が丘二丁目の心身障害児 通所施設「佐伯明星園」の土砂崩れ現場では、生き埋めになった四 人が救出された後、うち一人の死亡が確認され、安どから一転、深 い悲しみに包まれた。

 山崩れが起きたのは、大雨で約二十人の園児をいつもより早めに 家に帰して間もなくだった。午後三時半ごろ、施設の横にある山が 突然崩れ、事務所にいた職員八人のうち、深津陽子さん(25)ら四人 の保育士が生き埋めになった。

 「突然、事務所に土砂が流れ込み、気が付いたら体全部が埋まっ ていた。顔の近くにすき間があり、約三十分近く目を閉じていた」 と、救助された同僚の西村里美さん(37)は、その瞬間を振り返る。

 被災直後から、雨の中、近所の人も加わり、手で土砂を取り除く など必死の救出作業が続いた。午後五時すぎまでに四人は救出され たが、六時すぎ深津さんの死亡が確認された。「一九七三(昭和四 十八)年の開所以来、こんなことはなかったのに」と、施設職員は 唇をかむ。

 午後九時すぎには、同園を運営する市社会福祉事業団の理事長も 務める秋葉忠利市長が、深津さんの遺体が安置されている葬儀場を 訪れた。市長は「市内各地で災害が起きており、亡くなられた方々 のごめい福をお祈りする。市も復旧に全力を挙げる」と、沈痛な表 情で語った。

 広島市佐伯区の魚切ダム下流に当たる上小深川、主婦平岡愛子さん(77)と小田ノブ子さん(72)は午後三時ごろ、土石流の直撃を受け、行方がわからなくなった。付近の民家二棟など全半壊の被害が相次ぎ、濁流は助かった民家にも入り込んだ。土石流の幅は、五十メートルにも達した。夕やみの中、現場で自宅を見つめていた平岡さんの夫の繁基さん(83)。当時、妻と娘の三人で、避難しようとしていた最中だった、 という。

 「ドーンという音で妻は、納屋ごと土石流に巻き込まれ、川に流された。 助けられず、残念で」と、繁基さんは肩を落した。

【写真説明】鉄砲水で5人が行方不明になった呉市吉浦東町の災害現場(29日午後7時10分)


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