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(下) 防災への提言
後手に回った避難対策 ― 情報収集・伝達に課題 ― |
■人命救助に追われ
「何も被害がなければ『良かったね』で済む。避難勧告してくれ たのはありがたい」。避難所になった広島市佐伯区五日市町下河内 の老人保健施設で、主婦岩尾邦江さん(50)は、一日の勧告を評価す る。
広島市水防計画は、勧告を出す基準を「水害が発生しているか発 生の恐れがあり、必要があると認める場合」と定める。実際には、 どこが危険かを調べ、対象地域を決めるという手順を踏むため、勧 告を出すには一定の時間がかかる。
集中豪雨が中国地方を襲った二十九日、市は相次ぐ土砂崩れなど で人命救助に追われ、現地調査の時間すら取れず、同日中の避難勧 告ができなかった。短時間に同時多発という今回のケースは、現行 の避難勧告の弱点をあらわにした。
たとえば死者・行方不明者十一人が出た佐伯区では―。正午す ぎ、区役所と佐伯消防署で、がけ崩れや浸水の通報電話が鳴り続け た。区は午後三時半、中原照雄区長を本部長とする水防本部を設 置。被災現場の確認や人命救助を急いだ。
■危険地増える一方
住民の避難対策は後手に回った。小学校十五カ所と公民館・集会 所十七カ所を避難所に開放したが、その事実を全住民にPRする余 裕はなく、職員が災害現場付近の住民に口頭で伝えるのがやっと。 「避難勧告をもっと早く出したかった」と中原区長は悔やむ。
市消防局の渡辺新一次長は「やたらに避難勧告を出して『おおか み少年』になってもいけない。どの程度の雨なら危険か、何らかの ラインがあれば」と、基準があいまいなため勧告を出しにくい実情 を認める。
災害に対する住民の備えは十分だったのか。
二十九日午後、呉市のある自治会長は市からの電話を受けた。注 意を呼びかけ、情報収集を依頼された。「まさか本当に災害がある とは…。地区の住民にも呼びかけなかった」と打ち明ける。
広島県の急傾斜地崩壊危険個所は五千九百六十カ所、土石流危険 渓流は四千九百三十にも上る。いずれも全国一の数である。危険渓 流のうち、砂防ダムの整備はまだ一八・五%しか進んでいない。が け崩れ対策でも、県砂防課は「宅地開発がどんどん進み、危険個所 は増える一方。対応が追いつかない」と言う。
■自らの身を守ろう
一九八八(昭和六十三)年の集中豪雨で、広島県山県郡加計町の 殿賀地区は、十一人の犠牲者を出した。ここでは翌年から毎年、梅 雨の時期に全住民参加の避難訓練をする。町とともに取り仕切るの は、住民組織の「殿賀福祉会防災会議」(森脇智会長)だ。
訓練でも使っている同町の防災システムは、両者が水防本部と防 災会議本部をそれぞれ設置し、雨量が警戒基準値の一三五ミリを超 すと、「避難待機」を無線で全戸に連絡。時間雨量が五〇ミリを超 えれば、直ちに避難勧告が発令される。
先月の訓練では、勧告の約一時間後、不在者の確認を含め、六百 三十一人全員の所在を確かめた。「危険と思ったら逃げるしかな い。ここにはもう、避難せんでも大丈夫と考える人はいない」と森 脇さん。大雨が降ると、勧告がなくても避難所に来る人もいる。
自ら身を守ろう。そのために必要な情報を、行政など関係機関は
伝えよう。加計町の訓練は、私たちにそう呼びかけている。