社説・天風録
(社説)明日を求めて 市民の地道な活動期待 '05/8/7

 六十年は人間なら還暦である。刻んできた足跡を振り返り、原点を再確認することに意味がある。ヒロシマは原点から再び一歩踏み出した。

 国内外から五万五千人が参列した広島市の平和記念式典。惨禍の中から生き抜いてきた被爆者、体験を継承しようとする若者、子どもたちが詰めかけた。歴史の節目に立ち会うというより、原爆で亡くなった人たちの思いを受け止め、平和への誓いを新たにしようとしたに違いない。

 「継承と目覚め、決意の年」。平和宣言で秋葉忠利広島市長は、向こう一年間をこう位置付けた。核保有国などが「力は正義」とし、世界の市民の声を封じていると批判。各国政府や市民が被爆者の心を受け止め、危機感を持って自らの責任に目覚め、新たな決意で核兵器廃絶に向けた行動に移すよう呼び掛けた。

 「こんな思いを他の誰にもさせてはならない」という被爆者、被爆地としての心情の発露がうかがえる。ただ核兵器廃絶に向けどう行動するか、提言が欲しかった。

 残念なのは小泉純一郎首相が、式典に参列しただけで広島を去ったことだ。衆参両院議長らは原爆養護ホームを訪れ、被爆したお年寄りに声を掛けた。ところが首相は福山市で中国美術などを鑑賞。唯一の被爆国の首相が、どうして被爆者の声を聞こうとしないのか。被爆者の気持ちをないがしろにした行動と受け止められても仕方あるまい。

 首相のあいさつは「広島、長崎の悲劇を繰り返してはならない」としながら、何をするかなどの決意は希薄だった。「国際社会の先頭に立ち、核兵器の廃絶に全力で取り組む」との決まり言葉がむなしく響いた。本当にブッシュ大統領の盟友なら、米国が「核軍縮」のイニシアチブを取り、地球上の危機を取り除くよう首相自ら要請すべきだろう。

 明るい兆しもある。広島で開かれた平和市長会議である。北大西洋条約機構(NATO)加盟国のベルギーでは、市長会議に加盟する市長らの力で、国会の上下両院が欧州から米軍の戦術核撤去を求める決議を採択した。自治体の運動が広がれば、政府もあいまいな態度はとれなくなる。市民レベルの地道な行動が各国政府を動かす力になると信じたい。

 若者がヒロシマとナガサキを結ぶ動きもある。記念式典のさなか、原爆ドーム近くで、長崎の高校生らが「核兵器の廃絶と世界平和の実現」を目指す一万人署名活動をした。国連欧州本部(ジュネーブ)に提出するためだ。三原市の高校三年生西迫駿さん(18)もいた。西迫さんは長崎の市民団体が派遣する「高校生平和大使」の一人として今月中旬、スイスや韓国などを訪れる。欧州本部に署名を提出、平和スピーチをする。韓国では被爆者と交流する。

 「学校で平和などが話題になることがなくなった」と、六十年の節目に思った。受験に重要な時期。それでも「何か行動してみたくなった」。街頭活動では最初、長崎の高校生の熱意とパワーに圧倒された。自分の学校でも全クラス対象に署名を集めた。まちまちの反応が、広島の現状を表しているとも思う。

 平和スピーチは「自分の言葉」でと決めている。ヒロシマ、ナガサキの体験は「自分の言葉」を探す狙いもある。こうした行動が点から線、面へと広がることを期待したい。

 被爆者の生の証言はいずれ聞けなくなる。資料などをもとに、想像力と新たな創造力が問われる時代が来る。ヒロシマの営みはますます重要になる。地球を核兵器のない星に、きっとできる。そう信じて、粘り強く前進していこう。


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