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被爆者運動を卒論に 広島市出身の東海大生渡部さん '06/7/28

 ▽被団協から資料集め 「思い探りたい」

 広島市中区出身で安田女子高卒業の東海大法学部四年渡部優花さん(22)=東京都町田市=が、被爆者運動をテーマにした卒業論文に取り組んでいる。「被爆者がどんな思いで運動し、援護策につながったのかを探りたい」と、今年創立五十年の日本被団協や広島県被団協(坪井直理事長)などから資料の収集を進めている。

 渡部さんは「東京には、原爆投下が八月六日であることも折り鶴の折り方も知らない人がいる」ことに驚き、広島の内と外のギャップを痛感する中で被爆者運動に関心を持ち、卒論の題材に選んだ。

 焦点を当てる時期は、「革新都政」と呼ばれた美濃部亮吉知事時代の東京都が、被爆二世の医療費無料などを条例で打ち出した一九七六年が起点。厚相の私的諮問機関が「戦争の犠牲は国民が等しく受忍するべきだ」として被爆者援護法制定に否定的な意見書を出し、被爆者の激しい反発を招いた八〇年から、日本被団協が核兵器廃絶と国家補償に基づく援護法制定を求める「基本要求」を発表した八四年を中心に据える。

 資料収集と並行して、都内在住の被爆者から被爆体験や運動についての聞き取りも始めた。胸に残ったのは、当時日本被団協事務局次長だった吉田一人さん(74)=東京都杉並区=の「国の戦後補償責任を認めさせることが、核兵器廃絶と、ほかの戦災被害者への救済拡大につながる」という言葉。吉田さんは「若い人が私たちの活動を研究テーマに選んでいることに驚いた」と、喜んで協力している。

 週一回のゼミで、山本和重教授(47)=日本近代史=が渡部さんを指導。国家補償と被爆者援護の必要性に関して、被爆者側と国、都側、それぞれの論理を比較するようアドバイスする。

 「外から見つめて初めて、ヒロシマの体験の重みを実感した」と渡部さん。来年一月までに原稿用紙で約百枚を書き終える予定だ。(金崎由美)

【写真説明】山本教授から卒論指導を受ける渡部さん(神奈川県平塚市の東海大)


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