中国新聞

2000/9/2

<5> 核被害地のために

調査と支援を両立

  ◇被曝者の立場 尊重

 広島から来た科学者たちが、ビーカーに採取した飲料水の成分を測定していると、現地の住民たちは珍しそうに取り巻いた。「被曝(ばく)しているか調べ、みなさんの不安を少しでも取り除きたい」。広島大原爆放射能医学研究所(原医研)の星正治教授(52)は行く先々で、住民に説明を繰り返した。

 ■細かく土壌を採取

 放射能汚染の実態を調べるため、カザフスタン東部の国境沿いを車で北上したセミパラチンスク訪問団。走行距離は約二千キロに上った。五十〜百キロ進むたびに原野の土壌を採取し、集落に立ち寄って飲料水、れんがのサンプルを手に入れた。

 訪れた先はどこも、放射線の強さは通常のレベルだった。ただ、かつてどれだけ被ばくしているかは、すぐには分からない。

 原医研の高田純助教授(46)は、建物に使われていたれんがを三カ所で採取。れんがに含まれる石英の結晶が被ばく線量を蓄積しており、外部被ばく線量を測定できる。土壌は核実験による放射性降下物に含まれたセシウム、プルトニウムの量を測ることで汚染状況が分かる。飲料水は天然ウランの量を測定するためである。
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わき水を採取し、成分を測定するセミパラチンスク訪問団(バフティー)

 実は、原医研は一九九八年、カザフスタン国境付近の土壌サンプルを手に入れていた。カザフスタン放射線医学・環境研究所がマカンチ、ウルジャルなど十二地点で採取したものだ。測定の結果、セシウムが日本の平均の五倍、プルトニウムが十倍の場所もあった。

 ■政治的影響を排除

 今回の調査は現地を自ら歩き、それらを裏付けることが目的だった。旧ソ連時代、核をめぐる情報は厳重な管理下に置かれ、公表された被ばく線量がカザフ独立前後で大きく変わるなど、現地のデータ、試料の信頼性はそう高くないという。

 高田助教授は「第三国が調査し、政治的、社会的影響を受けない正確なデータを現地住民に提供することが説得力を持つ」と話す。

 世界の被ばく地を調査してきた原医研。セミパラチンスク核実験場(ポリゴン)周辺の調査を始めて六年になる。核実験が繰り返され、放射能が長期間住民をむしばんだ現地は、世界中の科学者の研究対象になった。同時に、調査が被ばく者を傷つけた側面もある。

 ジャルケントのパンフィロフ地方中央病院で、ある母親が「調査や取材をされても、娘は治らない」と詰め寄ってきた。怒りに満ちた表情に返す言葉はなかった。

 「原爆被爆者を調べるだけで、治療はしないといわれたABCC(原爆傷害調査委員会)の前例を、私たちは知っている。広島の研究者が、その二の舞を演じてはならない」と星教授。今回初めて広島の市民団体「ヒロシマ・セミパラチンスク・プロジェクト」と協力したのは、調査と支援の両立を目指した結果だった。

 ■「広島市民として」

 前広島市長で、プロジェクト名誉会長を務める平岡敬さん(72)は、各地で医薬品や器具などを寄付して回った。「貧困にあえぐ現地では焼け石に水かもしれないが、広島市民が支援している姿勢を見てもらうことが大切だ」

 今回の原医研の調査結果が出るのは、半年から一年後の予定だ。「被ばく者の立場で調査し、被ばく者のためにその結果を役立てる。広島の科学者がやるべきことはそれだけだ」。星教授はそう言い切る。

=おわり


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