2000/8/31 ![]()
百数十キロまで汚染 ◇10年後、がん患者急増
中国との国境の町バフティー郊外の平原。ひざ丈ほどの草が伸び
る。「ここの土は『死の灰』に汚染されている」。カザフタン放射
線医学・環境研究所の女性研究員クラーキナ・ナターリアさん(52)
は、そう言って中国・ロプノル核実験場がある東の方向を指さし
た。
■極秘に「中国」調査 彼女は、環境中の放射線を測定する物理学者。旧ソ連時代、四百七十回近く核実験が繰り返されたセミパラチンスク核実験場(ポリゴン)周辺で、極秘に被曝(ばく)調査に当たってきた人物だ。 「実は中国の核実験の影響についても、秘密裏に追っていた」と、ナターリアさんは打ち明ける。「ソ連時代はポリゴン同様、軍事機密としてその事実を漏らすことはできなかった」。セミパラチンスクにある研究所は旧ソ連時代、ポリゴンの被ばく者を調査してきた「ソ連保健省付属第四診療所」だった。 研究所のボリス・グシェフ副所長(62)が手にした古ぼけたノートの表紙には、「極秘」のスタンプが押されていた。 「七三年に、見つかるはずがない新鮮な放射性物質が検出され、驚いて調査を始めた。ポリゴンの大気圏内実験は六二年までで、その放射能は国境付近に達していない。ロプノルからと考えて当然だろう」
グシェフ副所長は「確信」の根拠をそう説明し、バフティー、マカンチ、ウルジャルなど国境から百数十キロまでの地区が汚染された、と指摘する。その一帯は診療所が七〇年代、ポリゴンの影響がないとして、健康被害を比較するための対象地区だった。 「八四年から、一帯でがん患者が急増した。中国の核実験によるとみられる放射能が見つかって十年後で、被ばく後にがんが多発し始める時期と一致する」。もう一つの根拠を挙げた。 示されたデータでは、大気圏内で核実験があった六六―八一年の間、マカンチの土壌の被ばく線量は約〇・六シーベルト、ウルジャルで約〇・五シーベルトと推計。さらに、人体には食べ物などを介してばく大な内部被ばくが加わる。 ■セミパラと同程度 これらの数値は、ポリゴンの影響が今も続くセミパラチンスク付近と同程度とされる。その結果、八四―八七年の四年間でがんの有病率は二倍に、肺、乳がんは三倍に増えたという。 ロプノル核実験場の位置は、国境から八、九百キロ東にある幻の湖「ロプノル」付近。これほど遠く離れて被害はあるのだろうか。その疑問に、グシェフ副所長はこう答えた。 「核実験の後発国だった中国には当初、ソ連が技術支援していた。中ソ対立後、中国は単独で取り組み、われわれに分からないよう場所を次々と変えた。しかも実験時は気象条件を選び、風がこちら向きの時を見計らってね」。あくまで推測と断りながら「近い時で国境から二百キロの地点で実施した」とも言う。 ■核をめぐる厚い壁 中国は、核実験による国内での影響はないとしている。だが、ナターリアさんは「被害はあるに違いない」と、隣国の被ばく者を思いやる。「私の調査は正しいと思っている。ただ、実験そのものの詳細な資料が公表されない限り、最終的な結論は出せない」。ソ連時代の影を振り切った今、彼女は核をめぐる厚い壁にもどかしさを感じ始めていた。
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