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2002/03/30
医療制度改革と地域医療 広島県医師会長・真田幸三氏に聞く

公共性の視点が大切

 医療制度改革関連法案が、4月上旬にも国会で審議入りする。サラリーマンの医療費自己負担率を来年4月から、現行の2割を3割に引き上げるのが主な柱。医療制度を抜本改革する方針も明記しているが、具体像は見えない。地域の医療を担ってきた医師会は今回の改革をどうとらえ、患者が安心して受けられる医療体制を築くために、どんな役割を果たすのか。広島県医師会長に3選された真田幸三氏に聞いた。(編集委員・山内雅弥)

 ▽どうみる改革・・・受診抑制につながる恐れ

 ―小泉純一郎首相が主導する医療制度改革の評価は。

 ひとことで言えば、国の財政支出の削減を主眼としている感じがする。財政難の時代だから、やむを得ないのは分かる。痛みを分かち合うのは当然だが、国もなんらかの痛みを考えていただかなければ、国民も医療関係者もなかなか納得できない面があるんじゃないかと思う。

 ―この改革では、日本の医療はよくならないということですか。

 今回の制度改革によって、「軽度の病気は受診を控えようか」という受診抑制につながりかねない。日本の医療保障は世界的にも優れ、平均寿命にしても健康寿命にしても、乳幼児の感染症の減少もすべて世界一位。それが、後退しなければいいがと思っている。

 本人負担の二割が三割になったとしても、どうしても病気で医療機関を受診しなければならない人は受診する。しかし、お年寄りの場合、一割あるいは二割の負担になれば、ぎりぎりまで我慢して、病気が進行してから初めて受診するというようなケースが起こる可能性もあるだろう。

 ―その高齢者医療費の増大が、やり玉に上がっています。

 昭和五十(一九七五)年ごろ、東京都が老人医療を無料にしたのをきっかけに、全国の都道府県に広がった。それが一番の問題だったと思う。無料化によって、医療の重さが軽んじられるようになった。国の経済・財政事情がよい時は、無料化も可能であったかもしれないが、今日のように景気の低迷が長期に続く状況では、そうはいかない。いったん無料にしたものを有料、さらに負担増にするのは大変だ。

 もともと、自分の健康には自分で責任を持って取り組むということを自覚して、老後を迎えても健康管理をする。どうしてもしようがない病気になった時の対策は、元気なうちに考えておく。そういうことが高齢社会では必要。人生の終末医療では、医療費うんぬんより、生命の尊厳が何より大切と思う。

 ―従来、「入院漬け」「薬漬け」「検査漬け」などが指摘されてきました。診療報酬の出来高払い制自体にも、問題があるのでは。

 「検査をたくさんして、薬をたくさん出せば、それだけ収益が上がる」という見方をされているのは残念だ。医師が一生懸命に患者さんのために尽くした結果が、財政的に反映される仕組みが出来高払いだと考えている。

 出来高払いをはじめ、国民皆保険、現物給付、フリーアクセス(自分の選ぶ医療機関にかかれる)という日本の医療制度は非常に優れている。受診する患者さんも医療を提供する側も、十分に制度を分かり合って、将来的にも維持できるように取り組んでいかなければいけない。

 ―国民が痛みを分担するのはやむを得ないとしても、その先の青写真が見えてきません。

 現在、小泉改革で進められようとしているのが規制緩和だ。これは従来の医療保障からすると、診療報酬の問題だけでなく、制度の上でもずいぶん違った方向に行くことになる。例えば、自由診療と保険診療の両方が受けられる混合診療とか、営利を追求する株式会社の医業参入を認めることなどが決まりつつある。

 背景にあるのは、欧米のようにすれば、日本の医療は効率的になるという考え方だ。しかし、国民感情からすれば、全部が全部でなくても、医療は非営利で公共性のあるものでなければいけないと考えたい。人の生命や健康に寄与するのが医師の役割。そういう公共性が制度の中にないと、医療は殺伐としたものになってしまう。

 ▽医師会の役割・・・事故防止へ患者の声反映

 ―高額所得者番付には、医師の名前がずらりと並んでいますね。

 世間では「医師はもうけ過ぎている」といわれるが、現実には苦しい開業医や医療機関もかなりある。これからは医師も淘汰(とうた)される時代になる。診療報酬の不正請求や税金の不正申告などがあれば、社会的な信用はすぐ失われるし、保険医の取り消しなどもあって、そんなにいい加減なことはできない。

 ―医療に対して不信感を抱く患者がいるのは、なぜでしょうか。

 大病院や中小の医療機関で起きている医療事故をはじめ、薬の副作用などの医療情報が必ずしも十分に伝わらなかったことや、時折発生する不正請求なども、医療不信につながっているのかもしれない。

 医師、医療機関は社会資本であり、みなさんから尊敬されるような存在であることが理想。広島市は導入していないが、医療機関の診療部門に対する固定資産税の減免措置を取っている、多くの都市もある。社会がそういうふうに認めてくれて、医師の側も医療に対する責任と義務を自覚することが大切だ。

 ―広島県医師会は、苦情相談窓口を設けていますね。

 全国に先駆けて三年前に開設した。今年一月の相談件数は県全体で七十一件。医療事故の防止をはじめ、医師と患者さんとの間で発生する不祥事を未然に防ぐという点で、ずいぶんうまくいっていると思う。説明して差しあげれば、すぐ納得して理解されるケースが多い。

 それを考えると、医師は患者さんから聞かれたことや説明を求められたことに対しては、親切に、最後まで十分に説明することが大事だ。広島県も医療事故は少なくはないが、そういう取り組みをすることで事故を防げれば、医師会員の福祉対策になるし、患者さんへの医療サービスの一環にもなると思う。

 ―情報公開を進めるうえで、医療機関の広告制限が緩和されることは好ましいといえます。ただ、医師会が積極的でないように感じられるのは、横並び意識が強いせいですか。

 専門医であるということなどは、既に標ぼうしていいことになっている。医療情報を患者さんに提供するサービスの一環として進められるのはいいが、自分の施設をほめたたえて、患者さんを誘導しようとするのなら問題だ。

 医師会としても、診療科ごとにマップを作って、医療機関の特色を知らせていこうという機運が芽生えている。しかし、地域のトラブルにならないよう、啓発していかなくてはいけない。

 ―広告規制緩和の方向には問題があると?

 医療機関ごとの連携がうまくいかなくなっては、医師会として困る。差額ベッドの費用など、患者さんのサービスにつながることを事前に知らせておくことは、もちろん必要だが、広告にも限界がある。人間の健康という、最も基本的なものを対象としているのが医療。それをあまり安易に考えることは、問題があろうかと思う。

 ―信頼できる医療情報を得るという点では、なんでも相談できる地域の「かかりつけ医」の役割が重要です。

 昔から「医者と散髪屋はかかりつけ」といわれたが、これは今でも通用する。少々無理を言っても診てもらえるし、家族構成や病歴など言わなくても分かっている。身近なところで相談できて、厄介な病気になれば、ちゃんとした医療機関を紹介してくれる。そんな病院と開業医の連携が各地でうまくいくことが、患者さんのためにもなる。

 今は改革・改善の過渡期にあるが、健全で適正な医療を推進する上で、医師会も率先して取り組んでまいりたい。


 ▽住民と連携し健康づくりを

 現在の医療制度に、思い切った改革が必要なことは、だれしも異論がないだろう。これまで国、医療機関側、支払い側それぞれの利害が交錯する中で、先送りを繰り返してきたからだ。

 しかし、政府・与党が合意した改革案は「根本治療」にはほど遠い。健康保険本人の医療費自己負担(現行二割)を来年四月から三割に引き上げれば、将来的にも保険財政の破たんは防げるのか。具体的なデータさえ示されないまま、お決まりの政治決着となった。

 医療保険や年金、介護など社会保障制度の見直しが迫られる背景には、予想をはるかに上回るスピードで進む少子高齢化の現実がある。とりわけ急速な高齢化の進行は、老人医療費の増大となって、保険財政を直撃することになる。

 中・長期の観点からすれば、国民の負担増というその場しのぎの「対症療法」で済む話ではない。医療の分野でも、長生きするだけでなく、体に病気や障害があっても、生き生きと社会参加できる「健康寿命」を延ばすことが求められる。

 長野県の諏訪中央病院などの実践は、現行制度の下でも、患者のニーズに合わせた在宅医療体制を充実し、健康教育に力を注ぐことで、入院日数を短縮して医療費を低くできることを物語っている。

 医療改革で忘れてならないのは、「患者主体」「地域」の視点だ。住民と手を携えながら、開かれた医療とともに、予防からリハビリまでの健康づくりを、どう実現していくのか。地域医療を担う医師会の取り組みが問われている。

「医療機関が競って、患者さんの送迎サービスをしますよということにでもなれば、秩序が乱れてしまう」と話す真田氏

 


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