四月にもスタートする構造改革特区構想をめぐって株式会社の農地取得問題があらためて論議に上ってきた。一九九九年に施行された新農業基本法を受けた農地法の改正によって、株式会社は農業の担い手として認められたものの農地の取得には大きな制約を受けている。そこが新規参入側の不満だ。生鮮トマト事業に乗り出した食品メーカー、カゴメ(東京)と広島県農協中央会の責任者に取得の是非について聞いた。
賛成 高付加価値生産を推進
カゴメ生鮮野菜ビジネスユニット・ディレクター 佐野泰三氏
▼参入制約 特区にも不満
―二〇〇〇年の農地法改正で株式会社の参入が認められましたが、それでも企業側の不満は強いようですね。
株式の譲渡制限が大きな制約になっている。不特定多数から集めた資本が、自由に移動することが株式会社たるゆえんなのに。カゴメは上場しているから参入できない。農水省は「株式会社に門戸を開いた」とPRしているが奇弁だ。期待していた特区も株式会社の参入を認めたが、農地は市町村などからの借り入れが条件となった。農業委員会の許可とか、役員の一人は農業に従事しなければならないなど、規制や許認可事項は特区になっても変わらない。
―農業団体からは「農地法の適用を受けない山林などに出るべき」との声もありますが。
カゴメの生鮮トマト事業は、なるべく投資額を抑えるため既存農家や法人との提携の形でスタートした。ただ現行制度では事業拡大には壁が厚い。グローバルな競争力をつけるためには、土地取得に制約のない農地以外のところへ直接進出することも検討している。コストはかかるが、規模のメリットを追求できないかと思っている。
―農地法そのものへの批判も強いようですね。
農地法の根幹には、耕作する者だけに農地所有を認めるという「耕作者主義」がある。そのことを全面的に否定しないが、現実には高齢化や後継者難で農業をやめた人も農地を持っている。都市部周辺に多いこの人たちは、開発で高く売れるという転用期待で保有している。一方で、農業をやりたいが農地を持てない人がいるのは論理矛盾ではないか。
―株式会社の参入で日本の農業は息を吹き返しますか。
農業の種類によると思う。例えばコメ、麦などの土地利用型の場合、株式会社でやっても効果が出るか疑問。それに対して、トマトなどの施設園芸は企業のメリットが大いに生かせる。付加価値の高い差別化商品ができるからだ。企業の持つマーケティング力、販売力、技術力などを投入する。個人ではできないことだ。
―採算が合わなくなると撤退したり、投機的取得に動くとか、とかく企業行動には厳しい目が向けられています。
企業なら悪で、農業団体や農家は善だという仮説に基づく偏見だ。農家だって経済性に合わないところではどんどん農業をやめている、現に条件が悪い中山間地域では耕作放棄地が増えている。
―カゴメの地域との付き合い方は。
地元との合意がなければ進出しない。地元住民、行政、農業団体の方たちとは良好な関係を保つよう努めている。雇用によって企業と地域はつながっている。
反対 家族経営 農村社会守る
広島県農協中央会専務理事 黒木義昭氏
▼目的外の利用に懸念も
―農業団体は一貫して株式会社の農地取得に反対してますね。
安易に農地が取得できるようになれば、投機や転売目的の取得を招く危険性が高い。実際に産業廃棄物や建設資材、車のスクラップ置き場に転用されている例をよく見かける。さらに水管理など農村社会のつながりやコミュニティーを乱す懸念もある。農地は食料生産の場であると同時に、そこに住む人たちの生活の場になっていることを十分理解すべきだ。
―どんな参入ならいいのですか。
どうしても農地を取得して農業をしたいというなら、農地法が及ばない山林など未墾地を開拓する方法がある。そうしないのは優良な農地を狙っているとしか思えない。そこまでしなくても農業生産法人制度の枠内で出資したり、社員を派遣したりして参入する方法がある。
―担い手の基本は家族経営というのが農協の前からの考え方ですね。
農業は自然が相手の生命産業。スケールメリットが容易に貫徹できるものでもない。家族経営は地域の農業を持続的に発展させ、農村社会を守ってきた。世界的にみても南米など大土地所有のプランテーション農業など一部を除いて、多くの国の農業は家族経営で成り立っている。
―地域の中で発展してきた法人と、よそから入ってきた株式会社は別物という考えですか。
農事組合法人や有限会社は、家族経営が地域の中で発展してできた法人がほとんど。しっかりと地域に根を下ろし、生活の場も持っている。利潤追求を第一とする株式会社の論理とは異なる。
―「株式会社性悪説」が強い気がしますが。
株式会社が悪だ善だと論じるのは意味のないことだ。社会に大きく貢献している株式会社はたくさんある。しかし現実問題として農外の企業が転用された農地を産廃処分場にし、ダイオキシンを発生させ地域の住民に多大な被害を与えた事例は多い。
―中山間地域などでは耕作放棄地が増えています。企業の参入で解決できないかという指摘もあります。
棚田が多く、条件の悪い中山間地域に株式会社が参入することは考えられない。株式会社が狙っているのは条件の良い、経済性の追求できる優良な農地だ。経済原理に任せたら農地は確実に縮小していく。そうなれば国土や社会の均衡ある発展も望めない。
―構造改革特区についてはどう見ていますか。
株式会社の農地所有は認めず、賃借という一定の歯止めをかけた点は評価できる。だが、地域限定の規制緩和策とはいえ、そこでうまくいったからと、なし崩し的に全体に広げる危険性もある。
▽多様な担い手を育成
株式会社の農業分野への参入については、一九九九年に施行された新農業基本法の制定段階で賛否両論が闘わされた。二〇〇〇年の農地法改正では株式会社も、農地の権利取得が可能な農業生産法人の一形態として認められた。
背景には農業従事者の高齢化が急速に進む中で、農業を担う多様な経営主体の育成が求められているのに、新規参入が難しいという状況への批判があった。
ただ株式会社の農地の取得・貸借については、投機目的に悪用されるとの懸念から、制約が課されている。定款に株式の譲渡制限を付けている会社に限り、取得・貸借が可能。他の農業生産法人と同じように農業と関連事業の売り上げが過半を占め、農業関係者以外の議決権は25%以下―などの条件がついている。
農業生産法人は現在、有限会社(全体の74%)を中心に農事組合法人など六千二百三十一。農水省の法人化促進政策によって増加傾向にある。だが、こうした制約のためか株式会社はまだ二十七社しかない。
構造改革特区の農業特区への提案は一次、二次募集を合わせて自治体、企業から計百五十七件。農地法の適用が除外され一般の株式会社が直接参入できるが、地方公共団体などが遊休農地を購入・借り上げて貸し付ける方式に限られており依然、制約は残る。
実態見極め緩和策検討を
耕作の継続を条件に遊休地を含めて農地を売り出したら、だれが買うだろうか、と考えた。中山間地はもちろん、条件のよい地域でも農地価格で買ってもうかる作物はそうないと思う。
自立農家でも、自分の手間賃を人件費として計上したうえで利益を上げ得るケースはまれ。株式会社が目指すのは付加価値の高い、省力型の施設園芸が主流だろう。土地利用型農業は中国などに流れるのではないか。
だから株式会社の農業参入に、中山間地の農地を守る役割は期待薄だ。一方で肝心の農家が農地保全の役割を果たせなくなっていることも確か。今後、農業補助金の削減も避けられない。
農業に人と資本の新規参入を図る策が問われるところである。その一環として株式会社の農地取得・貸借についても参入希望の実態を見極めたうえで、株式譲渡制限などの緩和が可能かどうか検討は必要だろう。
その場合、確実に将来にわたって農地としての利用が保証される措置が不可欠。偽物を排除できるだけでなく、それでも参入する企業からは本物の農業の知恵が期待できる。(桑田)
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