■ 教訓を糧 再発防止 ■
新大阪―博多間が全通して、10日で28年を迎えたJR山陽新幹線。500系のぞみが世界一の営業速度、時速300キロを誇る大動脈で、近年トラブルが目立つ。1999年のトンネル崩落事故後も高架橋からのコンクリート落下が散発的に発生するなか、運転士の居眠り運転も起きた。JR西日本(大阪市北区)の徳岡研三鉄道本部長(55)に、あらためて新幹線の安全性について聞いた。(編集委員・山本浩司)
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運転士居眠り…訓練と意識改革徹底 |
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トンネル壁落下…保守に先端技術導入 |
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―まず、二月に岡山で起きた居眠り運転ですが、運転士の健康問題が原因とはいえ、コンクリートなどハード面だけでなく、「人」というソフト面でも劣化が進んでいることの現れではないでしょうか。
▽許されぬ事故
安全安定輸送確保に向けて、ハード面の整備とともに、乗員訓練センターでの実践的な訓練など、社員一人ひとりの実務能力と意識レベルの向上を目指したソフト面での取り組みを積極的に推進してきました。しかし、今回の事故は、輸送事業者として許されざることで、深くお詫(わ])びして、二度とこのようなことが起こらないように取り組みを一層強化します。
―一方で図らずも自動列車制御装置(ATC)の有効性が証明されましたが、逆に、この装置が運転士の気の緩みの原因になっているとは考えられないでしょうか。
ATCは保安機器です。運転をするのはあくまで運転士で、機械の不測の事態にも対応する重要な責務を担っています。ATCは運転士の気の緩みをもたらすものではなく、またあってはならないことです。今後、乗務員に対する基本動作の徹底や職務に対する強い意識付けを図るなど事故防止に最善を尽くしていきます。
―ハード面では、九九年に二度のトンネル壁崩落事故がありました。信頼性が失われたのではないでしょうか。
あの事象はコールドジョイント(コンクリートの接合不良)やコンクリートの打ち込み口が落ちたもので、トンネルという構造物その物の問題ではありませんでした。しかし、最悪の場合お客さまに危害が生じる可能性があり、重大な問題として総点検しました。
―総点検後も、高架橋からは散発的にコンクリート片の落下が続いています。
もちろん、高架橋も保守点検を続けています。万一、人や物に被害が出てはコンクリート構造物全体の信頼性が揺らいでしまいますから。
―そうしたJR西日本の対応は、対処療法的で抜本的なものではないとの指摘もあります。
▽「攻め」の対策
確かに事故が起きた当初は対処療法的であったかもしれませんが、現在は、いわば「攻めの保守」をしています。
―それは、どんな保守法なのでしょうか。
各支社の土木技術センターと本社に「トンネル保守管理システム」と「橋梁(りょう)保守管理システム」を導入しました。人手に頼っていた保守作業経歴の記録をコンピューターでデータベース化。補修個所の変化を現場の端末機で確認できるようにするものです。
―事故後、点検方法も変えたのですか。
総点検は人力で行いました。その後、赤外線を照射しながらトンネル内部を走行し、自動的に表面の状態を記録する装置や音波で表面から二十センチぐらいまでの内部を探査する装置を導入しました。高架橋コンクリートも、表面を赤外線カメラで検査する装置などで保守・点検するように対処しました。
▽海砂「劣化」は
―建設当時、除塩が義務付けられていなかったとはいえ、海砂を使って造られた山陽新幹線、特に岡山―博多間のコンクリート構造物は将来JR西日本の経営を、圧迫するのではないかという声も聞かれます。
それは年限の取り方次第です。五十年後も大丈夫かと聞かれれば、なんとも答えようがありません。海砂を使ったコンクリートが五十年後、どうなるか誰も見たことがありませんし、環境要因、例えば酸性雨や大気汚染が今後五十年間でコンクリートにどう影響するかもわかりません。ただ、断言しますが今後十年、二十年でおかしくなることはありません。その期間を少しでも長くする努力を全社を挙げてしているのです。
―今年一月、東広島―三原間で電気施設の扉が外れて、ひかりにぶつかる事故が発生しました。コンクリートだけでなく、そうした施設も老朽化しているのではないでしょうか。
事故発生を聞き、日常検査をしているのに、こんなことが起きるのかと驚きました。確かに経年変化で、ネジ留め部分が腐食するなどしていましたが、全体の施設の問題ではありません。この事故を教訓に構造を変え、検査方法も変えます。原因が分かれば対策は立てられるのです。
―それにしても、トラブルが多いのでは。
コンクリート崩落、施設事故、さらに居眠り運転で私たちが失ったものは多いと理解しています。が、それらを教訓に多くのものを学び、将来に生かしていけるのも事実です。
<JR山陽新幹線の主なトラブル>(JR西日本発表分)
1999年 6月27日 |
福岡トンネルでコンクリートが崩落し、こだま車両を直撃 |
10月 9日 |
北九州トンネルでコンクリート打ち込み口崩落 |
2001年 9月 9日 |
福山駅構内の自動列車制御装置の故障で上下17本が運休 |
2002年 4月25日 |
山口県熊毛町で高架から町道へコンクリート片32個が落下 |
2003年 1月07日 |
東広島―三原間で電気機器収納箱の扉が外れひかりに衝突 |
2月26日 |
運転士が居眠り運転し岡山駅で停車位置を外れて停車 |
▼快適・高速化 「空」に対抗 「安全神話」陰りも
JR山陽新幹線は、JR西日本(大阪市)にとって関西地区の在来線網「アーバンネットワーク」と並ぶ大黒柱になっている。
八九年の二階建てのグランドひかり、九三年ののぞみ(300系)デビュー以降も、九七年500系のぞみ、九九年700系同、2000年には「ひかり料金で乗れるのぞみ」という、ひかりレールスターが投入され、高速化と快適性向上が図られてきた。
しかし、航空機とのシェア争いは年々激しくなり、広島―東京間では九三年度五七%あった新幹線シェアは二〇〇一年度には四一%まで低下した。そのため、早朝ののぞみで日帰り往復する「のぞみ朝割きっぷ」や東京へのきっぷのポイント制導入などの対抗策をとっている。
一方で、九五年の阪神・淡路大震災による高架橋崩壊で八十日間の運転停止に追い込まれたほか、九九年六月と十月にはトンネルのコンクリートが崩壊。高架橋からのコンクリート片落下などのトラブルも九六年度から昨年九月までに六十件にのぼる。
さらに、走行中の窓ガラスやブレーキディスク取りつけボルトの破損などのトラブルが発生。今年一月には東広島―三原間の上り線で、線路横の保安施設の鉄製ドアが外れて、走行中のひかり車体を破損する事故も起きた。
二月二十六日には、岡山駅でひかり運転士の居眠り事故が発生。コンクリートや設備などハード面に加え「人」というソフト面でも「安全神話」に、ほころびが見え始めている。
▼信頼回復へ情報公開を - インタビューを終えて
「コンクリートは十年、二十年のスパンでは大丈夫」、「保安施設の扉が飛んだ(広島の)事故は、想定外のもので、次の発生はない」―。徳岡鉄道本部長は施設面の安全性を力説した。
確かに、九九年十二月のトンネル総点検後、JR西日本の発表では、トンネルでは二件のモルタルのはく落以外、コンクリートの崩落事故は無いし、高架橋からのコンクリート片落下も、昨年九月十日に広島市佐伯区での発生から半年間止まっている。しかし、それに代わって人為的トラブルが目立つようになった。
今、JR西日本に求められるのは、現状や将来ビジョンを含めた安全に関するハード、ソフト両面の完全な情報公開であろう。これなくして一日約十五万八千人の山陽新幹線利用客をはじめ、コンクリート高架橋周辺住民や、コンクリート構造物補修費が将来経営を圧迫するのではないかと危ぐする株主への信頼回復はありえない。(山本)
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「将来のために保守技術を生み出している」と話す徳岡鉄道本部長 |
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トンネル事故後JR西日本が導入した「トンネル覆工表面検査車」(JR西日本提供) |
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