情報過疎防ぐ仕組みを
今年はテレビ放送の開始五十年であり、新たな元年でもある。地上波デジタル放送が十二月に東京、大阪、名古屋の三大都市圏で、三年後には中国地方でも始まる。臨場感あふれるハイビジョン、現在の三倍のチャンネル数…。見るには、今使っているテレビを買い替えるか、専用のチューナーが要る。何より現在のアナログ放送は二〇一一年七月末には止まってしまう。暮らしに密着したテレビ放送が大きく変わる。視聴者にはまだなじみが薄いデジタル化について、テレビ山口(TYS)の田代功会長(69)に展望を聞いた。旧郵政省で電気通信行政に当たり、東京放送(TBS)元常務。国、キー局、地方局の論理と利害を知る。
)
(編集委員・西本雅実)
■新サービスも模索 生き残る道探す地方局
―そもそも、地上波のテレビ放送をなぜデジタル化するのですか。
技術革新、世界の潮流があります。米国は、ひっ迫した周波数をデジタル化でテレビの電波を整理し、空いたところを携帯電話などに回した。利用料は国庫にも入る。方法は間違っていないんです。しかし、お客さん(視聴者)からの要望でないし、事業者(放送局)も求めていなかった。官主導で動きだした。それがこの問題の分かりづらさ、混乱の原因です。
―それでも、アナログ放送から切り替えるメリットは何なのでしょう。
高品質の画像、多チャンネル化、車など移動体や携帯電話への配信、インターネットとの融合。メリットは確かに多い。しかし、先ほど言ったようにお客さんのニーズ先行型ではないから、受像機を買い替えてまでのメリットへの理解がまだあるとはいえません。
開始四年目のデジタルBS放送は、お客さんは地上波の延長としてスポーツや情報系の番組を見ても、双方向のデータ放送(視聴者の番組参加やショッピングなど)の利用は全世帯(約四千八百万)からすれば数十万でしかない。膨大な設備投資をして、お客さんがついてくるのかという迷いは内心常にあります。
―デジタル化に伴う投資は、試算で一局平均四十五億円。県域が放送エリアの地方局には経常利益の十年分を超えてしまい、会社の存続を脅かすという見方には。
私どもはこの十年間、売り上げが落ち込み、昨年秋には社員の20%削減、三十五歳以上の早期退職を募り九十九人としました。経営努力でデジタル放送を始める〇六年から二、三年は赤字になっても、設備投資できるめどはつきました。キー局TBSの技術的バックアップもあり三十数億円で済むとみていますし、ひとまず乗り切れると思っています。
―一一年には、エリア内の約五十八万世帯を100%カバーできますか。
国の努力目標である80%を目標に予算を含めて将来計画を練っています。うちの中継局は現在六十七あり、都市部の約二十は一一年までにデジタル化に対応します。
―となると、残りの中継局近くで暮らす20%の世帯は、デジタル化になると、テレビが見られないという事態に…。
一昨年の改正電波法で、その問題はこれから決めましょうと先送りとなった。いわゆる過疎地の中継局をどうするかは、赤字路線バスと同じ状況に直面し、放送事業の免許の仕組みを見直す必要が出ていると思う。
今のように放送局がすべてを建設・運用していくのではなく、現在ある情報の格差是正事業の適用を広げ、例えば町や村が国の補助金から中継局を持つ。簡単な設備であれば建設費は一千万円はかからない。しかし、残り約四十を自前でやれといわれたら一一年までは無理です。
―民間放送を支える広告収入の東京集中や、デジタル化を控え、総務省は、隣県の地方局の合併などマスメディアの集中排除原則の緩和を二月に打ち出しました。それに対して、異議を表明されていますね。
経営基盤の強化に必ずしもつながらないからです。七月に総務省に意見書を送りました。
もし広島の中国放送と合併しても、大手スポンサーは広告費を上乗せしません。中国放送さんも経営の観点から要るのは山口での放送免許と設備、社員は十人か二十人でしょう。地方局の合併は、刀折れ矢尽きた最期のものであって救済策にはなりません。どんなに苦しくても、地方局として生き残る道を探すべきだと考えています。
―地域に根差す放送局としてデジタル化によってどんな情報発信をされていかれますか。
今まさに悩んでいるところです。うちの番組編成はTBSがほぼ七割、大阪の系列などから二割、自社制作が一割の比率。大きな局の力を借りるが、TBSはハイビジョン放送はしても当面は多チャンネルを目指さないという。自社で新しいサービスは試みます。しかし定着には相当な時間がかかるとみています。
―サービスとは。
各地域で郵便番号ごとの細かな住民広報、いわば電子回覧板が考えられます。山口県の特異性ですけれど、総広告費のテレビの割合は他県が約三分の一なのに、ダイレクトメールとチラシがだんとつで20%を切ります。市場の開拓の可能性もあるでしょう。
―技術革新と放送メディアの規制緩和の流れの中で、NHK、東京キー局の力がますます大きくなるのでは。
NHKとは別に地域固有の放送機関があることが、まさに大事なこと。地方局の役割の大きさは変わりません。中央の情報が圧倒的な中で、デジタル化によって発信の枠が広がる。TBSといえども別会社であり、世話にはなれない。合併で隣県に頼みますではダメ。行政には柔軟な仕組みをとってほしい。ただ最終的には、地方局それぞれの経営の問題です。
山口県は経済規模、市場からいうと小さい。大都市圏との情報格差、人と会って生の情報を得る機会も限られ、全県をカバーする県紙がない数少ない県でもある。民放もおかしくなったら、県全体が解体する、身の丈に合った力を発揮し、独立メディアとして生き残るよう努めていきたい。
「IT社会」に光と影
テレビ放送はこの五十年で、生活に欠かせないものとなった。しかも、デジタルの圧縮技術を使って大量の情報を送れるようになった。総務省は、全国四千八百万世帯に普及しているテレビのデジタル化を「全家庭におけるIT基盤を形成」する窓口と位置付け、放送と通信の融合を進める。
視聴者は、ほしいデータ情報をいつでも引き出せたり、今の画質と同じなら三つのマルチチャンネル放送が可能となり、地上波でも情報の選択肢が増える。経済効果は、受像機の買い替えなどで今後十年間に四十兆円と試算される。新たな景気刺激策の側面もある。
しかし、デジタル化は各種調査でも浮き彫りになっているように、視聴者の必要性や理解が高いとは言えない。一一年七月まで続く現在のアナログ放送との混信を避ける周波数の変更作業は、中継局が入り組む瀬戸内沿岸部では困難を極めるとみられる。デジタル放送そのものも、中山間地や島しょ部が多い中国地方では田代会長が言うように、新たな手だてを講じないと取り残される「情報過疎地」が生まれる。
広島地区の民間放送経営者も「今ある四局のうち将来、情報発信局として残るのは二局」とみる。そうなれば地域全体の地盤沈下、東京への一極集中がさらに進む。「IT社会」の光と影を真剣に見つめるときだ。
|