手続き煩雑 伸び悩む登録者数
日本の針路を選択する総選挙の足音が高まる。公職選挙法の改正で前回3年前の総選挙から、海外に住む有権者も一票の権利を行使できるようになった。現在は衆参両院の比例代表選が対象。南米パラグアイで発刊する日本語新聞、日系ジャーナルの高倉道男社長(62)は「地球交流時代だからこそ海外の日本人、日系人を活用していくべきだ」と、日本の未来に向けて新たな関係づくりを在外選挙に託す。帰国した高倉さんに聞いた。
(編集委員・西本雅実)
■地球交流時代へ役割 普及へ「捨て石」覚悟
―在外選挙の実現を一九九〇年代から紙面をはじめあらゆる場を使って訴えられてきましたね。
日本の政治家の目をもっと海外に見開かせ、われわれに向けさせたいと思ったからです。彼らの価値基準は票になるかどうか。それには選挙権の行使が要る。海外日系新聞協会に加盟する南米・北米の各新聞社や、日系団体とも連携し、声を上げていったわけです。
明治元(一八六八)年に始まる日本からの移民の流れは一九六〇年代に終わりました。だが、企業の駐在、留学、ODA(政府開発援助)による専門家派遣、シルバーコロンビア計画(高齢者の移住)など海外居住の時代が始まった。海外の在留邦人は八十万人を超える大変な数ですよ。
高い信用得る
―とはいえ、政治家も国内の有権者も、海の向こうの日系社会に関心は高くありません。また、移住者は日本で納税の義務を果たしていないという声もあります。
南米でも、人々は一人ひとりのハポネス(日本人)を見て日本という国を判断しているんです。ODAをばらまく政府や大使ではない。ハポネ・ギャランティード(日本は信用できる)との言葉が生まれたのは、先輩移民から現地に根を張った日系人が信用を得たからです。日本から企業やプロジェクトがくると、二世、三世も通訳をするなど受け皿となっている。日本への税金以上の役割を果たしています。
―海外からの投票の前提となる在外選挙人名簿への登録推進を呼びかけ、八月はサンパウロ、九月はロサンゼルスを回られたと聞きました。
残念ながら登録者が伸びていない。外務省に尋ねるとこの八月で約七万五千人という。約八十万人の有権者が海外にいるといっても、これでは各政党ははなも引っ掛けない。総務省は制度の普及に熱が冷めている。われわれの努力は要る。しかし、現地の実態を知らないと言いたい点もある。
比例だけ対象
―どんな点で。
在外公館での登録申請は手続きが煩雑なうえ、地方に住む人は何千キロもの距離と費用をかけ、申請しなくてはならない。それなのに投票は比例代表選に限られている。かといって登録者が増えなければジリ貧になる。私がドン・キホーテ役となってもいいと思い、来年にある参院選への立候補を決意しました。
―登録者を増やすために、あえて向こう見ずな役柄を辞さない、と。
そうです。海外日系人という身近な候補がいれば、登録は伸びる。パラグアイでは日系各団体の有志で九月、「日系人代表を国会に送る運動」という名称の会を発足させました。ブラジル全国都道府県連合会や、ロサンゼルスの海外選挙ネットワークの代表者らも運動に賛同してくれています。
―なぜ、そうまでして日本国内にかかわろうとされるのですか。
海外に出て、外国人の中で生活していると初めて日本人になる、強く意識するんです。勤勉さ、他国の文化を吸収し独自のものを生み出す柔らかさ、争いごとを構えない。その誇るべき日本精神というか善さが、教育の荒廃や猟奇的な殺人事件にみられるように、失われている。愛国心であり、危機感からです。
島国の心開く
―在外選挙を通して、日本にどんな風穴を開けていきたいと。
バブル崩壊後、トップから庶民まで縮み志向でしょ。しかも日本で生まれ育った者だけが日本人だという島国の意識の壁、差別の壁が続く。それを解き放ち、オープンマインドにしたい。ユダヤ人、中国人は海外のネットワークですごいパワーを持っている。日本もその国に根を張った日系人を活用し、地球規模のビジネス、文化交流をするようになってほしい。
―日本のODA、進出企業の現況にも厳しい見方をされています。
パラグアイの最大の援助国は日本。しかし、箱モノをいくら造っても、日本からの専門家が帰るとペンペン草のようになったり、病院では最新の医療機器がなくなるケースもある。現地やブラジルの優秀な二世、三世に任せる「南南協力」でやれば経費は三分の一で永続性、実行力もある。日本が草の根レベルの国際協力というなら、日系人を活用すべきです。
北米でも、日本企業は採用した日系人が優秀であってもトップにしない。パンアメリカン日系大会(北米・南米の日系人大会)でニューヨークの日本商工会議所の幹部らと話すと、トップは日本的な体系や価値観の人でないと、という。北米の人たちも反発していましたよ。日系人・社会の活用は、おねだりじゃない。日本の役に立ちますということです。
―現行の制度では、政党から立候補しない限り海外有権者の直接の支援は得られません。
与野党いずれの候補にもなるのは難しいと分かっています。参院選の選挙区選挙は古里の大分県か、南米からの日系人就労者が集まる愛知県か。いずれにしろ、自転車にのぼりを立てつじ説法をします。捨て石となるのは覚悟です。
80万人超える邦人 政府は応える責務
在外選挙が岐路に差し掛かっている。導入時は「新しい票田」と政策PRに努めた各政党も関心を失う。在外選挙人名簿の登録は二〇〇〇年の衆院選が五万八千余人、〇一年の参院選は七万三千余人で、投票率はいずれも29%台にとどまったからだ。総務省選挙課が昨年九月にまとめた最新の登録者数は七万二千四百六十五人(中国五県で三千三百九十二人)。低迷が続いている。
登録申請者の居住地を管轄する在外公館と、国内市町村選管を書類が行き交う煩雑さ、政府広報の不徹底、五年前の公選法改正に際して委員会で付帯決議された選挙区選挙がいまだに実現していないことが、低迷の要因でもある。海外の各日本語新聞では「形だけの選挙制度」といら立ちの声がよく見受けられる。
一方、海外に在住する長期滞在と永住者の邦人数は増え続け、現在、八十七万四千余人。外務省は三年後には百万人を突破するとみている。
「外国に住んでいても、あなたの一票が国政に生かされる」。政府は、在外選挙を標語でそう説く以上、高倉さんと支援団体の奮闘を待つのではなく、手続きの簡素化をはじめ海外有権者の要望に早急に応える責務がある。選挙権の行使を保証するためにもだ。
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