暴走族対策の経験が糧
子どもを守る体制つくる
全国で凶悪犯罪が多発し、日本の「安全神話」が崩壊の危機にさらされている。とりわけ事態が深刻なのが首都圏だ。その対策のため東京都の石原慎太郎知事が副知事に抜てきしたのが、前広島県警本部長の竹花豊氏である。広島で大きな成果を挙げた暴走族、暴力団対策の経験を踏まえ、地域や都民とともに治安再生に動き始めて五カ月。取り組みの現状と課題を竹花氏に聞いた。(東京支社・守田靖)
―就任五カ月を振り返ってください。
石原都知事からは「思うことは存分にやれ」と言われた。だが、行政の責任ある立場で治安を考えるのは初めての仕事。マスコミも、ぼくが副知事になれば東京の治安が瞬く間に良くなるような取り上げ方が多く、期待に荷が重かった。悩んでいるときに、一緒に暴走族対策をやった広島県警の職員たちから手紙をもらったのが励みになり、広島での経験を生かせばいい、と自信を持てるようになった。
暴走族、暴力団対策を通じて感じたのは、治安の問題は警察だけでなく、県や市町村、県民が手を取り合って取り組むことができれば非常に大きな成果が得られるという事実。そして、問題がどんなに複雑でも放置してはならない、という大人のき然とした姿勢が大事だ。
■規模には戸惑い
―東京都でも同じ手法を考えたのですか。
東京と広島では都市規模が違い、正直言うと戸惑った。広島では暴走族対策に焦点を絞れば、全般的な少年問題や治安問題の改善にも大きく波及した。だが東京は繁華街や住宅街、郊外のニュータウンごとに課題が異なる。そこで各地域に応じたきめ細かい対処を積み重ね、大きな流れをつくろうと思い直した。
―まず何から始めましたか。
八月に東京都緊急治安対策本部を設置した。その際、「外国人による組織犯罪」「少年犯罪」「安全・安心の町づくり」の対策を三本柱にすると決め、都民に宣言した。広島の時と同じように、宣言することで都民に協力を呼び掛けることからスタートした。
■入国審査厳格に
―外国人による組織犯罪は深刻な問題ですね。
都内の留置場の四割は外国人が占め、パンク状態だ。治安悪化の大きな要因であることは間違いない。取り締まるのは、法務省や警視庁の管轄であり、自治体にできることは少ないと思っていたが、それではすまないと考え、都の権限を越えて、入国管理局や警視庁に呼び掛け、八月に合同会議を立ち上げることができた。役所の会議としては信じられないほど本音で議論し、十月に共同宣言を出して入国審査を厳格にした。
―「安全・安心の町づくり」では、どんな対策を打ち出しましたか。
都民には、自分の身は自分で守る意識を持ってもらうよう呼び掛けた。区などの自治体には、せめて管轄する公共施設の治安状況は知っておこうと要請した。都民に安全チェックリストを全戸配布する一方で、自治体が管理する公園に死角はないか、街灯が暗すぎないかなど、住民とともに総点検してもらった。
■パトロールの輪
いま、自発的パトロールが都内の各地域で芽生えてきたことは本当に心強い。例えば、空き巣被害が多かった杉並区のある地区では、三月に約二十人で始めた「おはよう」などの声掛けが、今では二百人が参加するまでに運動が広がった。その結果、空き巣被害が激減した。世田谷区では、犬を散歩させる人にパトロールの腕章を巻いてもらう取り組みを始めた。こうしたボランティア組織は都内に約百団体ある。来年中には二千団体の登録をめざし、都もサポートしたい。
―自治体だからこそ積極的に取り組める分野はありますか。
子どもを非行や犯罪に巻き込ませないために教育が果たす役割は大きい。警察の立場では口を挟みにくかったので思いきりやっている。荒れた子どもたちを学校から排除せず、呼び戻すようにしたい。それには子どもを非行に走らせないという、大人の側の強い情熱が大切。教師任せにせず、元教師や元警察官、地域の力で先生を支える「スクールサポート制度」の創設を準備している。実際に犯罪に巻き込まれない方法を指導する「セーフティー教室」も来年度、都内の全小中高校で本格的に実施する。
―青少年健全育成条例の改正も検討中ですね。
子どもに読ませるべきでない、と思う有害図書がコンビニエンスストアで簡単に手に入る現実はおかしい。「出版の自由」との問題もあるが、子どもが買えないような方策を考えたい。大人の側も不便を強いられるかもしれないが、大人がき然とした態度を示さない限り、子どもの環境を良くすることはできない。大きく変わったといわれるように改正したい。
―今後は結果が問われますね。あらためて決意を。
広島では、私たちが暴走族問題に取り組む過程で、多くの市民が立ち上がってくれ、問題解決の大きな力になった。社会の総合力を結集していくという「広島発」の取り組みは、東京でも必ず広がると確信している。全力を尽くす。
大切な「大人の見識」
首都の治安対策に取り組む竹花氏が強調するのは「大人の見識」だ。有害図書のまん延、だれでも買えるたばこの自動販売機、女子高生の下着を売買する店の存在…。これまで行政も警察も手をこまねいてきた問題に、都条例を改正して切り込もうとしている。
「だれもがおかしいと思うことは、どんなに困難でも正していかなくちゃいけない」。昨年全国で起きた刑法犯は二百八十五万件。過去最悪となった背景にはこんな実態を放置する大人の無責任さもある、と訴える。
竹花氏が一年九カ月余の広島県警本部長時代に実感したのは、「大人が本気で子どもたちにぶつかることの大切さ」だった。
先月末、日本記者クラブで講演した際、「夢」と書いた色紙を掲げ、「子どもにこんなふうに育ってほしい、というメッセージを大人が伝えてないから、若い人に夢がなくなっている」と語り掛けていた。その姿はまさに副知事でもなければ、警察官僚でもない、一人の「頑固なおやじ」に見えた。
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「都民の総力を結集し、首都に秩序と品格を取り戻したい」と語る竹花氏(東京都副知事室)
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たけはな・ゆたか 兵庫県出身。東京大法学部卒後、1973年に警察庁入庁。大分県警本部長、警視庁生活安全部長、警察庁首席監察官などを歴任。2001年9月から今年6月まで広島県警本部長として、暴走族の取り締まりや少年の社会復帰、資金源をあぶりだす暴力団対策を先頭に立って進めた。6月、治安対策担当の東京都副知事に就任した。54歳。
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