川にすむ魚の異変がいわれて久しい。一方、太田川ではサツキマス、江の川ではサケの遡上(そじょう)の便りも聞かれるようになった。国際淡水年でもあった今年。水辺の環境は改善しているのだろうか。三十年間、水生生物の野外調査を続ける広島県立安古市高校教諭の内藤順一さんに聞いた。
(編集委員・山内雅弥)
水量減少 遡上阻む/魚道は一定の効果
―以前に比べ川はどのように変わりましたか。
結論から言うと、水が減った。川を流れずに、用水路や山の中のヒューム管を通っているからだ。太田川の水も、ざっと三分の二は、山中を流れている。だから、サツキマスやアユが遡上する四月から六月や夏の温度が高くなる時期に、水がない。
―水が少ないと、魚の生活史にどんな影響が。
五月に海から上がってきたサツキマスは、梅雨の雨などを利用し、一気に最上流域まで上がる。ところが、治水・利水で水をコントロールしているから、せいぜい津伏堰(ぜき)(同県湯来町)付近までしか上がれない。中流の太田川発電所(広島市安佐北区)辺りでは、山の中を通って本流に出る送水管の中に迷い込む魚もいる。
逆に、梅雨や菜種梅雨の時に水が出た年には、秋にたくさんのサツキマスが、三段峡(広島県戸河内町)の戸口まで上がってくる。毎年、統計を取っているわけではないが、漁師さんに話を聞いてみると、「水があれば、上がってこれるんだなあ」という実感がある。
「洪水」も必要
―魚道をつけた効果も出ているのですか。
太田川は一九八〇年代半ばまで、「魚が上がれない川」の全国ワースト六位だった。河口から七十キロまで上がれる川にしようと、国土交通省や中国電力の堰に、どんどん魚道が設けられた。私たちも十月の終わりに川をずっと調べて歩いた結果、実際に上がっていることが確かめられた。魚道の効果は出ていると思う。
ただ、一つの魚道で全部の魚種を上げるのは無理というのが、最近の考え方。アユはアユ、マスはマス、他の魚は魚で違う。津伏堰のように、魚種に合わせて複数の魚道をつけたところもある。
―今年四月、温井ダム(同県加計町)で初めてのフラッシュ放流が行われました。
川をせき止め、流れのサイクルも完全になくしてしまうと、治水はできても、生物相は単調になってしまう。「洪水に似たようなことをしたら」という提案に漁協や国交省も賛同してくれた。川にかく乱が起こって生物のいい刺激になり、泥や石に付いた藻も流される。
どれぐらい石が動けば、生物に優しい川づくりになるかは、そのダムに合わせてやらないと分からない。梅雨や台風シーズン前の放水時に、データを取っておけば役立つのではないか。
水田で子育て
―環境が変わったために、広島県内でも絶滅した魚もあると聞きます。
生き物はしたたかなもので、どこかで生きているものだ。しかし、芦田川のアユモドキ(ドジョウ科)は絶滅したとみられる。国の天然記念物にもなっているが、県内では六三年に福山市の芦田川で採集された一個体の標本しか残っていない。
アユモドキの産卵場となっていたのは田んぼ。大水の時、川から用水路に上がって田んぼに入り、産卵する。つまり、人間が作った半自然の場を利用して、子育ての場にしてきた。それがヒューム管に変わり、コンクリートで固められてしまった。川さえあれば、魚が育つわけではない。
住民にも役割
―魚からみて、川はすみやすくなりましたか。
浮き石の間の空間を利用して生息しているイシドジョウやカジカ、アカザなどが、絶滅の恐れのある野生生物を示すレッドデータブックのリストに挙がってくることは、水量が減った一つのあかしではないか。
塩分や汚染に強いメダカも見られなくなった。格好の生息場所だった沿岸部の河川やため池は開発が進み、水田もつぶされてしまったからだ。ボウフラ退治に放流された外来種のカダヤシにも追われて、スポット的に残っているだけ。最近は観賞用のヒメダカやカダヤシを、メダカと思っている子どもが多い。
―まさに人間社会が問われているといえます。
ヨーロッパでは、コンクリート護岸などを壊してもう一度、元の川に造り替えていると聞く。日本でも多自然型の護岸などが試験的に導入され始めているが、科学的な検証はこれからの段階。環境を守っていくためには、専門家だけでなく、子どもたちを含めた地域住民の役割が大きい。
魚も人間も同じ生態系
西中国山地の野生生物の取材で、太田川や錦川、高津川の流域を歩いた時のことだ。水の都・広島のシンボルにもなっている太田川のうち、下流のわずか十キロしか、川らしい流れを目にすることができない現実に、がくぜんとしたのを思い出す。
あれから十五年。太田川などの堰には相次いで魚道が整備された。名前の通り、初夏には海からサツキマスの遡上が復活し、晩秋ともなると、最上流域にさかのぼって産卵する光景も見られるようになった。魚たちは、本来のすみかを取り戻したのだろうか。
広島県三良坂町の灰塚ダム水没地域では、絶滅した芦田川のアユモドキと同じように、川と用水路、水田を行き来していた魚が全体の七割を占めた。ナマズやタモロコ、メダカ、フナなどは実際に、田んぼで産卵していたという。そんな魚の多くが住民の移転とともに、姿を消している。「魚は川で生息するものと、ずっと思い込んできたのではないか」。内藤さんは反省も込めて言う。
ダム、堤防一辺倒だった治水対策でも、遊水池としての水田の役割があらためて注目されている。川につらなる水の生態系に生きている点では、サツキマスも人間も同じかもしれない。
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